帰郷

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 片上大輔五段と北尾まどか女流初段の結婚パーティー(素晴らしい会でした)の二次会で、今日11月22日は何の日でしょう、というクイズが出た。作意は「いい夫婦」その他だが、ふと自分の父の誕生日だということを思い出した。昭和21(1946)年の生まれだから、還暦を迎えたわけだ。次の日突発的に、仕事を人に任せて約2年ぶりに故郷の島に帰ることにした。
 時間が売るほどあった頃、東京と下関の往復は「ふくふく号」という名の長距離バスを利用していた。ファーストチョイスでページを見ると、今月一杯で営業終了という。記念で最後に乗っておくかとも思ったが、時刻表を見ると下関駅に着くのは朝9時半頃で、定期船が出る時間には間に合わない。結局羽田23時35分発のスターフライヤーに乗った。東京は雨が降っていて、寒い夜だった。約1時間半のフライトの後、はじめて北九州空港に降り立つ。乗り合いタクシーを予約しておいたはずが、手違いがあったらしく、しばらく待たされることになった。
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 前回故郷に帰ったのは彦根の王将戦で倒れたときで、以前こちらに書いた。医師には当時流行っていたノロウィルスではないかとも言われたが、結局のところ何だかよくわからない。ともかくも、疲れてはいたのだろう。周りの勧めもあり、また前から祖母の体調がよくなったこともあって、しばらく田舎に帰ることにした。下関に着くと駅で待っていた妹と弟にすぐに病院に連れて行かれ、祖母の見舞いも早々にベッドに寝かされて点滴を打たれた。祖母はずいぶんと苦しそうで、どこかの誰かの判断で自分がその少しを肩代わりしているような気分になった。
 翌日はだいぶん回復し、自分で勝手に大丈夫と判断して病院の食堂でチャンポンを頼んだ。私は島で育った子どもの頃から、祖母が作るこのメニューが好きだった。祖母は若くして亡くなった叔父(祖母の次男)が悪友を連れて島に戻ってきた際、よくチャンポンを作っていたそうだ。ずいぶんと好評だったとのことで、しばしば自慢をしていた。私は顔が叔父にそっくりだという。叔父が亡くなったのは、私が生まれる少し前のことだった。
 その日の夜、祖母は亡くなった。静かに、眠っているような顔だった。祖母と一緒に漁船で島に帰る間、写真も見たことのない叔父のことを、しきりに思い出していた。
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