あすかやま

桜の名所として知られ、「江戸名所図会」にも描かれている「あすかやま」。その表記は、「飛鳥山」と「飛烏山」、すなわちトリかカラス、いずれが正しいか、という話。作家の星新一が調べたところ、江戸時代は奈良の飛鳥と同じくトリだったのに、明治に入るとカラスに変わっていた。なぜか。星は地域史に詳しい人物を探し出し、回答を得ている。

市電の駅ができた時、たぶん東京市のその係の人がだろう、飛烏山と書いてしまったというのだ。勘ちがいかもしれない。神武天皇の八咫烏の神話からの連想のせいかもしれない。カラスの飛烏山が発生した。
それによって「飛烏山行」と書いた市電が走るようになった。小学生時代、私はそれに乗って帰宅したのである。だから、いやおうなしに頭に焼きついてしまったのだ。
森さんの話によると、トリかカラスかの議論がかわされるのは、日本中でここだけであり、商店街の表示もいまだに不統一だという。しかし、都電はもはや廃止となり、トリのほうにおさまってゆくに違いない。
(星新一「トリかカラスか」新潮社文庫『きまぐれ暦』所収)

上記の文章が書かれたのは1970年代前半。
都電の多くは廃止されたが、わずかに「飛鳥山駅」(現在の表記はトリ)を通る都電荒川線は廃止されていなかったはずだ。そうして、今も走っている。

ネットで検索してみたところ、駅が開業したのは1911(明治44)年、すなわち明治の終わり頃だそうだ。
明治に発行された地図のほとんどが既にカラスの表記だったとするならば、明治の終わりに開業した駅名に引きづられてカラスの表記に変わっていった、という説は矛盾しているようにも思う。

また、北海道江別市の「飛烏山」(カラス)は、明治20年に屯田兵大隊長として着任した軍人が、本州の同名の山にちなんで名づけた、という。
ネットで検索してみると、現地江別周辺では現在、トリとカラスの表記、いずれも使われているようだが、とりあえず上記の江別市教育委員会の説明板ではカラスが採用されている。
もし江別のあすか山、明治20年の命名時にカラスが使われていたとするならば、明治36年の東京市電開業前の話。
東京市電の開業前に、既に東京のあすか山はカラス表記に変わっていた、とも推測できそうだ。

もっと調べれば結論(および自分の勘違い)がわかりそうな気がするが、以上、とりあえずメモとして。

Q10:飛鳥山は東京1低い山なのですか?
A10:2006年、飛鳥山に公共基準点を整備する際に、測量したところ標高は25.4mでした。これまで愛宕山(標高25.7m)が東京で一番低い山と称されていましたが、都内で1番低山(標高25.4m)であることを確認しました。
飛鳥山公園Q&A

残念ながら上記北区の主張は、山の定義に関する問題上、一般的には認められていないらしい。
江別の飛烏山の高さは標高17.5mで、日本で15番目に低いのだとか。