薩摩と囲碁(1)

西南戦争が終わった後に発行された「団団珍聞」(まるまるちんぶん)の1877(明治10)年11月24日号には、明治政府の官員が碁を打っている絵が掲載されているそうだ。

36号(11月24日号)には、碁盤を囲む勝者の官員と、冥界の敗者の化け物を対比させる不気味な狂画が登場する。
「けたいな奴が死くさったさかい 私(わたい)はよく遊べて宣(えい)は」
「ヤレヤレ 一番手強い西郷(略)を打(ぶつ)ちめて終ったから 先(まず)一服して緩々(ゆるゆる)やるべい」
「嵌手(はめて)で来られると困ったが 定石で押てきたからごまかしてしまった 思ったより手の見えぬ男で有た」
など、碁盤をかこむ官員の感想が面白い(西郷=碁と、大久保の碁好きを掛けたのか)。立っているのは外国人、
「最(もう)あなたも閑(ひま) 私も閑 沢山碁うつ宜(よろ)しい それでお金呉(くれ)る 私し誠 結構」
(木本至『「団団珍聞」「驥尾団子」がゆく』)

上の風刺画の10年前、同じく囲碁を囲む風刺画に、三国妖狐伝を題材にしたものがあるようだ。
江戸開城の様子を描いていて、幕府、朝廷、薩摩などの諸藩が登場している。
南和男『幕末維新の風刺画』に詳しい。