2009年1月 8日

秋葉山

  富士川西側沿い、蒲原に向かう道の分岐目印は何気なく置いてある常夜灯で、ガイドブックに記されていなければおそらく迷う。常夜灯には、「秋葉」という字が刻まれている。この秋葉灯篭、富士川の西を越えてから多く目にするようになった。

 秋葉山(あきはさん)、秋葉大権現は火防(ひぶせ、火難除け)にご利益があるとされ、江戸期には全国的な信仰を集め、さかんに秋葉詣でがおこなわれたという。明治はじめの神仏分離令で秋葉山本宮秋葉神社と、秋葉総本殿可睡斎に分かれた。

 古い慣用句「秋葉山から火事」とは、あってはならないことの例え。ただし1943年、秋葉神社は火事で、ほぼ全焼してしまったという。詳しい事情はよく知らないが、火災予防の総本山にしてそうしたこともあるのだから、古来火の始末は難しい。2006年には秋田県横手市の秋葉山神社で、ろうそくの火が原因で、やはり全焼する火事があったという。

  家康は最晩年、藤枝の田中城で鯛の天ぷらを食べて調子が悪くなったという。江戸城で天ぷらの調理が禁止されたのはそれゆえに、ではなく、実際には天ぷらの火でボヤが起こったためだそうだ。

 可睡斎は徳川家康とゆかりが深く、また夏休み、こども将棋合宿がおこなわれるところ。東海道からは少し距離があるので、今回は訪れる時間がなかった。タイミングが合えば、今年の夏は撮影に行きたい。

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