2003年名人戦第4局(控え室の検討)
【千日手局】
▲7六歩△3四歩▲1六歩まで(初手から3手目まで)
■3手目の端歩
8時52分、森内名人が上座に座る。続いて8時54分、挑戦者羽生王将(竜王・王座)が下座に。
両者が駒を並べ終え、正立会人の丸田祐三九段の合図で対局が始まる。
先手は挑戦者羽生王将。初手は▲7六歩だった。森内は△8四歩。「名人は後手番の居飛車に自信があるのではないでしょうか」とは副立会人の島朗八段のコメント。
そして羽生の3手目は▲1六歩だった。控え室にどよめきが起こる。振り飛車党が藤井システムを見せるのであればそれほど珍しい手ではない、とは言える。羽生の作戦は振り飛車なのだろうか。
△3四歩▲6六歩△8五歩▲7七角△1四歩(4手目から8手目まで)
■序盤の駆け引き
森内の△3四歩に対して羽生は▲6六歩。「羽生将棋は指し手の整合性を重視します。これは振り飛車になるでしょう」(島八段)。森内は△8五歩と飛車先を決める。羽生▲7七角。対して森内は△1四歩。「早くも穴熊の可能性が薄くなりましたね」(島八段)。
▲6八飛(9手目まで)
■羽生、再び四間飛車
▲6八飛。羽生は第3局に続いて四間に飛車を振った。島八段の事前の予想は「羽生さんの振り飛車以外だと思っていました」。羽生の先手番での振り飛車は珍しい。
△6二銀▲3八銀△4二玉▲7八銀(10手目から13手目)
■順位戦の予想記事
居飛車側の森内の作戦は「どうなるか全くわかりません」(島八段)。穴熊の可能性だけは薄いようだ。
控え室ではB級1組の展開予想の話題が。今期はまれに見る大激戦が予想されるそうで、順位が下位の場合、5勝7敗でも危ないのではないか、との声も。
前日、盤駒の検分を終えた羽生王将が控え室に立ち寄った際、テーブルの上に置かれた「週刊将棋」を見て苦笑をしていた。恒例の、順位戦予想記事が掲載されてあったからだ。「村山君(聖九段)は、名前を挙げられるのを嫌がっていましたね」と羽生が笑う。将棋界では「週刊将棋」で昇級、挑戦予想の候補に挙げられるとなぜか成績がよくない、という有名なジンクス(?)があるそうだ。羽生自身、1997年の名人失冠後、常にA級優勝を本命視されてきながら、なかなか結果を残せなかった。
来期の名人挑戦者を目指すA級順位戦は名人戦の日程に関係なく、もうすぐ始まる。
△3二玉▲6七銀△5四歩▲5八金左(14手目から17手目)
■「将棋魂」
まだ類局の多い局面。どんな展開になるかははっきりしない。
控え室では記者の間で、新聞の観戦記に関する話題。将棋を知らない人に切り抜きを頼むと、切り方がいい加減なのですぐわかる、という笑い話に。「将棋が好きな人は、愛情をこめて、きれいに切りますからね」。島八段はほぼすべての新聞に掲載されている観戦記をチェックしているそうだ。「観戦記はプロでも勉強になります」。研究の同士である佐藤康光棋聖や室岡克彦七段も同様という。
島八段は佐藤棋聖に色紙を頼み、家に飾っているそうだ。揮毫は「将棋魂」。他に室岡七段が持つだけで、世界に2枚しかない存在しない。佐藤棋聖のスピリットをこれほど直截に伝える言葉はないだろう。
1年と数ヶ月前、佐藤は棋王戦五番勝負と王将戦七番勝負に挑戦者として名乗りを挙げた。待ち受けるのはいずれも羽生。同時進行で進んだ両タイトルマッチは、平成の名勝負と言われた。結果は佐藤から見て棋王戦1勝3敗。王将戦4勝2敗。佐藤は羽生から王将を獲得した。それから1年後、佐藤王将の前に挑戦者として現れたのはまたもや羽生だった。結果は佐藤の4連敗。続く名人戦挑戦者決定戦では、やはり羽生と対戦して敗れた。その名人戦で、今度は森内が3連敗で追い込まれている。
△5三銀(18手目)
■3連敗の後
羽生の▲5八金左を見て、森内の指し手が止まった。「類局が多い」と書いたが、1筋の突き合いがあるため、同一局面はほとんどない。森内はここまで3連敗。前期名人戦で森内は挑戦者として登場し、丸山忠久名人を3連勝で追いこんだ。今期は皮肉にも、逆の立場で第4局を迎えた。約40分考え、△5三銀。持久戦志向と思われる一手である。
本局の正立会人は丸田祐三九段。丸田九段は今から42年前の1961年、第20期名人戦で大山康晴名人に挑んだ。当時41歳。大山名人は38歳だった。結果は丸田九段が序盤3連敗。1勝を返したが次局に敗れ、1勝4敗で名人獲得はならなかった。大山は名人の他に当時の全タイトル(王将、九段、王位)を合わせ持ち、長い絶頂期の途中にあった。
「0-3から勝てるんなら、0-3にならないもんね」と丸田九段は笑う。将棋界では七番勝負において、3連敗から4連勝した例は一度もない。3連勝で相手を追いこんだのはほとんどの場合、木村義雄、升田幸三、大山康晴、中原誠、谷川浩司、羽生善治といった、圧倒的な力量を持つ棋士だった。
▲4六歩△7四歩▲4八玉△5二金右▲3九玉(19手目から23手目)
■早い指し手
1日目の午前中にもかかわらず、大盤解説場には多くのファンが駆けつけている。NHK衛星放送の解説担当・青野照市九段と副立会人・島八段が解説にあたる。本局は先手羽生の藤井システム模様。居飛車側が穴熊に組むのを牽制しようとしている。ただし居飛車側は1筋を突いている形なので、すでに穴熊にはしにくい。▲4六歩は藤井システムには必要な一手。この手を見ると居飛車党は△5五角と出たくなるようだ、とは本家の藤井猛九段の言葉(島八段の解説)。4七に金や銀を上がらせ、藤井システムをはずそうとする意図もある。次にもし△7四歩なら昼食休憩後だろう、とは青野九段の言葉だったが、その△7四歩を森内はすぐに指した。今期名人戦、序盤における森内の決断は早い。△7四歩と突かれ、急戦を見せられたら▲4八玉と上がるのが本戦法の呼吸。羽生の指し手も早い。
△6四銀(24手目)
■森内、急戦に出る
消費時間10分弱。森内は△6四銀と出て急戦の態度を明らかにした。まだ昼食休憩前である。前局に引き続き、羽生の振り飛車対森内の居飛車急戦となりそうである。
控え室でデータベースを検索すると、同一局面は35局。結果だけを見ると先手番・振り飛車側の9勝26敗(!)だそうである。意外とも思える居飛車側の高勝率。「有力な戦法ですね。森内さんはこの作戦で行こうと決めてきたのでしょう」(島八段)。
12時30分、羽生の手番で昼食休憩に入った。
▲2八玉△7五歩▲7八飛(25手目から27手目まで)
■記録係
再開後、羽生はしばらく考えつづけた。
本局の記録係は野島崇宏三段。昼食休憩の際、若者らしい、見事な食べっぷりを見せてくれた。そんなに食べて眠くならないかな、とはいらぬ心配か。眠くなるとは何事、と思われる謹厳な方はおられるだろうが、記録係も人の子である。郷田真隆現九段は奨励会の頃、谷川浩司現王位の記録を取っているときに眠くなってしまい、谷川から扇子でたたかれて起こされたことがあるそうだ。またある四段(既にプロになっていた)はあるタイトル戦で記録を取っているときに、ついうとうとしてしまった。次の瞬間、羽生に扇子で机をたたかれ、その音で起こされてびっくりしていた、とはある記者の証言。
記録係に関する逸話は多い。記録係の中原誠三段の素質を見抜いた大山名人は、「あの子が私のタイトルを取りに来る」と予言した。米長邦雄三段は、大山名人が気づかなかった詰み筋を感想戦で堂々と披露した。
1954(昭和29)年、第13期名人戦第2局(▲大山康晴名人-△升田幸三八段)戦で、時間が切れるという事件が起こった。名人戦で時間切れとなったのは、後にも先にもこのときだけ。升田が指す前に記録係が「10」を読んでしまったのだ。将棋自体は升田勝勢だった。記録係は賀集正三三段(現六段)。終始正座を崩さず、トイレにも行かない(水分を取らないようにしていたそうだ)名記録係として知られていた。同じ期、今度は14歳の少年が記録係を務めた。時間切れ事件以後のこと、対局室にはピリピリとした空気が張り詰めていた。その中で少年は対局者の長考中、似顔絵を描いて過ごしていたという。少年の名前は加藤一二三。史上最年少の四段としてデビューを飾る直前だった。わずか6年後、少年は史上最年少の挑戦者となり、20歳で名人戦の舞台に登場する。
14時7分、羽生の▲2八玉の駒音を聞き、控え室では再び検討がはじまった。
■『島ノート』
△6四銀と上がった局面は定跡最前線。現代将棋界のテーマ図のひとつともいえる。熱心な方は、島八段渾身の著作、『島ノート』(講談社)を参考にしていただきたい。△6四銀に対して▲7八銀と引く形は「銀引き定跡」として詳細に解説されている。
本局では羽生は▲2八玉から▲7八飛を選択した。同一局面まで進んだのは19局。結果は振り飛車の3勝16敗(3勝は、いずれも久保利明新八段)。振り飛車側にとってあまりよくないと見られていた変化だが、羽生には当然新対策があるのだろう。
▲7八飛の次、△7六歩▲同銀からどうするか。そこから(1)△7五歩と押さえるのか、あるいは(2)△7二飛と回るのか。このあたりの変化は千葉幸生四段が詳しいそうだ。「千葉君に聞いてみましょう」(島八段)。ある記者が千葉四段に電話するが、つかまらなかった。
△4二金寄(28手目)
■箱入り娘
森内が指したのは△7六歩ではなかった。△4二金寄。居飛車は「箱入り娘」と呼ばれる囲いとなった。
今年行われた小学生名人戦で、ある少年がこの「箱入り娘」を採用した。勘違いをしていた聞き手の女流棋士が、「嫁入り娘」と呼んでしまった、というのは笑い話。解説は森内名人。「森内さんは原点に戻って、小学生名人戦の将棋を参考にしてるんじゃないんですかね(笑)」(島八段)。21年前、小学6年生だった森内は同大会で3位に入賞した。解説は20歳の新八段、谷川浩司。優勝して小学生名人となったのは、同じ学年の羽生善治少年だった。
■所司流
△4二金寄の局面は所司和晴六段の得意形。このあたりの変化は所司和晴六段の著作、『東大将棋』シリーズ(毎日コミュニケーションズ)に詳しい。所司六段は実戦でも勝浦九段、千葉四段を相手に勝利を挙げている。進行の一例をあげると、▲5六歩△5五歩▲5七金△7六歩▲同銀△5六歩▲同金△5五銀▲同金△同角。こうなれば居飛車が調子がいい。
■森九段の検討
継ぎ盤の振り飛車側に森けい二九段が座る。控え室では▲5六歩△5五歩に対して▲5七金ではなく、▲7五歩と取る手が有力なのではないかという検討がされていた。以下△5六歩▲7四歩△5二飛▲6八角。この順は実戦例がある(▲中田功六段-△塚田泰明八段、全日本プロ)。以下▲7三歩成△同桂▲7四歩の決戦を狙う。振り飛車にとってはこの順がいちばん面白い展開となるのではないか、とのことだ。
▲9六歩(29手目)
■前例のない戦いに
考えること80分弱。羽生の指し手は相手の攻めを待つ、▲9六歩だった。「難しすぎてよくわかりません」(島八段)。これで前例のない戦いになった。
16時、大盤解説場で青野九段と島八段の解説が始まる。同じ待つのでも▲9八香と上がる手はどうだろうか。居飛車からダイレクトに香車を取られる手を避ける、振り飛車の常套手段だ。以下△7六歩▲同銀△7二飛▲6五歩△7七角成▲同飛△5五銀▲6七銀△7七飛成▲同桂△7六歩(手筋、△7九飛は▲7一飛で損)▲同銀に△7八飛(桂香両取り)となれば居飛車が面白い。これが▲9六歩と待つ意味ではないだろうか。対して△9四歩と受けてくれば今度は▲9七香と上がる。こんどは△7八飛が桂香両取りにならない。
■名人、長考
▲9六歩に△7六歩▲同銀△7二飛と進めてくれば、▲6七金と上がる手も考えられる。以下△7六飛▲同金△6七銀と強襲されるとどうなるか。
(1)▲6五歩は△5五銀▲同角△同角▲7七飛に△5八角(!)という手があって居飛車が面白い。「千葉四段の研究です」(島八段)。
そこで(2)▲7九飛(!)という筋が考えられる。△7八歩▲6九飛△7六銀成とされて大損のようだが、▲9五角と出る手がある。次に▲6二角成が厳しい。注目すべきは、△4二金寄▲9六歩の交換が入っていなければこの順は成立しないこと。振り飛車が△4二金寄をとがめた変化といえる。
森内名人は1時間近く考えつづけている。
■封じ手直前
居飛車がこれ以上待つ手はあるだろうか。たとえば△2四歩から△2三玉と左美濃に組む順なども考えられそうだ。「でもきっと△2四歩は悪手だね」(森九段)。玉形が不安定になった瞬間に左辺で戦いになると、居飛車はひどいことになる。
17時15分を過ぎた。モニターテレビに丸田九段の姿が映る。17時30分の時点で手番の側が次の手を封じるのが規則。これまでの3局は羽生が封じた。本局は森内が封じることになりそうだ。
■「歴史に残る端歩」のその後
羽生の▲9六歩を見て、記者は15年前の「歴史的妙手」を思い出した。
森内は1987年5月13日、四段としてプロデビューする。若干16歳。同じ年、史上最年少で新人王戦に優勝する。
翌1988年、森内と羽生は新人王戦決勝三番勝負で優勝を争った。両者はともに高校3年生。次代の名人位をうらなう一戦とも言われた。第1局は相矢倉で羽生の勝ち。第2局もまた相矢倉となった。中盤の戦いが激しくなろうという局面で、先手の羽生はじっと▲9六歩と端歩を伸ばす。この手を見た米長は、「歴史に残る妙手」と絶賛した。アマチュアにはあまりにも深遠な見解。ともかくもプロの将棋は違うんだな、と感心された方も多かっただろう。結果は羽生の勝利。羽生は新人王となった。その後「羽生の▲9六歩」の評価は一人歩きを始める。羽生の華々しい棋歴を語る上で、この手は何度も取り上げられた。
羽生の▲9六歩は現在ではどう評価されているのだろうか。他者が同一局面から羽生と同じように▲9六歩と指したにもかかわらず、負けてしまうという実戦例も現れた。森内は自著『森内俊之の戦いの絶対感覚』(河出書房新社刊)の中で、この局面を再検証している。それによれば、後手にも有望な順があるようだ。
「羽生の▲9六歩」の是非は、記者にはわからない。ただ言えるのは、この先もまた、歴史に残る妙手として、将棋メディアに登場し続けるだろうということだけだ。
■森内名人、封じ手
17時30分、丸田九段が封じ手の時刻になったことを告げる。森内はここまで90分近い長考。もちろんまだ考えてもいいのだが、森内はすぐに手を封じる意思を示した。
■封じ手予想
島八段の封じ手の予想は△7六歩。以下▲同銀△7二飛と「雌雄を決しにくるんじゃないですかね」。
18時、NHK衛星放送の中継が始まる。解説は青野照市九段。聞き手は清水市代女流王位。封じ手の予想は、
(1)△7六歩の決戦。同じような意味で先に△7二飛と寄る手も考えられる。
(2)△9四歩の手待ち。
(3)△2四歩からの左美濃への移行。ただし可能性は薄そう。
明日2日目も午前9時から開始の予定。
△7六歩(30手目)
■2日目開始
8時45分、控え室ではモニターテレビを通して対局室の雑談が聞こえる。スタッフが正立会人の丸田祐三九段に封じ手の予想を聞いている。あまり考えていません、事務的に読み上げるだけです、という丸田九段の答え。その昔、ある立会人が封じ手を読み上げる際に間違って、封じ手用紙に書かれている手ではなく、自分が予想していた手を言ってしまったことがあるという。
8時52分、森内俊之名人が対局室に入室。対局室に静寂が戻る。続いて挑戦者羽生善治王将。両者が駒を並べ終え、記録係の野島崇宏三段の棋譜読み上げの声に従って、前日の手順を再現していく。
■封じ手は△7六歩
丸田九段が封を開き、封じ手用紙を読み上げる。30手目、森内名人の封じ手は△7六歩だった。
▲7六同銀△7二飛▲8八角(31手目から33手目)
■名人、決戦を挑む
封じ手の△7六歩に対して、羽生は時間をおかずに▲同銀と取った。森内もすぐに△7二飛。「激しくなりそうですね」(島八段)。羽生の次の一手でがらりと展開が変わる。控え室では▲6五歩以下の検討を始めようとしたところで、「▲8八角と指しました」の声。羽生はすでに方針を決めていた。
■よく知られた変化
控え室では▲8八角以下の検討が始まる。変化の一例をあげると、△8六歩▲同歩△6五銀▲6七銀△7八飛成▲同銀△6六銀▲6七歩
△7七歩▲8七銀(▲7七同桂は△8七歩)△6七銀成(△6九飛は▲7九歩で飛車が死ぬ)▲同金△6九飛▲7八銀打(!)△同歩成▲同銀△3九銀(!)▲同金△同飛成▲同玉△8八角成。「この変化は急戦を指さない私でも知っています(笑)。谷川先生がずいぶん昔に書かれた本にも載っているはずです」(島八段)。以上のように進めば△4二金寄の方が▲9六歩より価値が高い一手となる。
△3三角(34手目)
■間合いをはかる名人
次の一手は△8六歩ではなく、△3三角だった。「(予想は)おおはずれですね」(島八段)。△8六歩や△7七歩など攻める手がうまくいかないと判断すれば、こう待つ手も考えられる、というのがNHK衛星放送での青野九段の解説。
■名誉名人、小菅剣之助
森内の△3三角に対して、羽生は1時間近く考えつづけている。控え室はのんびりとしたムード。
第4局の対局地は静岡県熱海市。日本有数の観光地として知られている。前夜祭には地元の多くのファンとともに、川口市雄・熱海市長も駆けつけた。市長は「花と光とカジノ」を政策にかかげるアイディアマンだ。
その昔、東海道線を熱海まで延ばすという一大計画を、ある人物が事前に察知し、熱海の土地を買い占めた。熱海駅の開業は1925(大正14)年3月25日。熱海の地価は暴騰した。その人物の名前は小菅剣之助。後の将棋名誉名人である。小菅は11世名人・八代伊藤宗印の門下。棋力は弟弟子の関根金次郎(後の13世名人)をしのぐとも言われた。しかし小菅が修行した明治の時代は、現在とは比較にならないほど将棋指しの地位が低かった。小菅は実社会に戦いの場を移す。実業界に転進し、悪戦苦闘の末、米相場の成功などで巨万の富をなした。また衆議院議員としても活躍、地元・三重県四日市市の発展に尽くすなど、社会的地位も得た。
小菅は将棋界とは一定の距離を置いていたが、後に将棋連盟が分裂した際、請われて事態の収拾にあたった。1936(昭和11)年、将棋界は「将棋大成会」の名前で統一される。小菅はその功績から名誉名人の称号を贈られた。故・加藤治郎名誉九段はこう証言している。「…革新協会と将棋連盟とが合同して手打ち式の際、大成会成立のお祝いの会を小菅先生が熱海の旅館にわれわれ四段以上を全員呼んで開いてくれたんです。立派な記念品もいただいた。そんな金なんか何でもないんだ、あの人にとっては」(『将棋昭和史』、毎日コミュニケーションズ刊)。
新幹線も開通した現在では、熱海と東京の距離は30分ほど。今日は大勢の棋士が対局場に訪れることになっている。
▲6八金(35手目)
■難解な局面に
大盤解説上では島八段が解説をしている。1時間以上考えた羽生の指し手は▲6八金。「これを次の一手に出されたら、私は当たりませんね」(島八段)
■名人、有望か
大盤解説場に地元静岡出身の青野照市九段が登場。拍手を浴びる。
▲6八金に対して、名人はさらに玉を固めながら待つのではないか、というのが青野九段と島八段の解説。△2四歩から△2三玉、あるいは△2二玉から△3二銀。羽生が手待ちを繰り返せば、森内の方だけ一方的に玉が堅くなる。森内に待たれた場合、羽生はどう指すのか。候補手はなかなか思い浮かばない。もし△2二玉なら▲6七銀△7五銀▲5六銀の転戦か。「形勢はよくわかりませんが、森内さんは思うように指していると思います」(島八段)。「よっぽどの羽生ファンでない限り、今日は森内さんに勝ってもらいたいと思っている人が多いでしょう(笑)」(青野八段)。将棋ファンにとって名人戦は、サッカーにおけるW杯と同じく、最高のイベントだ。どちらが優勝するにせよ、1局でも多くの勝負を見たい。それはスタッフも同じだ。
△9四歩(36手目)
■森内将棋の神髄
名人は54分考えた。次の一手は△9四歩。「この手も当たりませんね。森内将棋の神髄を見ました」(島八段)。じっと端歩を突いて、さらに羽生の動きを待つ。▲6五歩から決戦になるのだったら、△2四歩などはマイナスになる可能性があるということか。
■昼食休憩
控え室には谷川浩司王位、勝又清和五段、窪田義行五段の姿が。ここで▲8五銀と出る手はないだろうか、というのが勝又、窪田両五段の意見。以下
(1)△8二飛▲8六歩△7三桂▲7四銀△8六飛▲6三銀成は振り飛車有望。
(2)△7八飛成▲同金△7五飛▲7七桂△7六歩も▲8二飛で相当やれそう。
12時30分。森内が30分近く考えたところで、昼食休憩に入った。
■再開
昼食は天ぷら。野島三段は相変わらずよく食べる。丸田九段からは一皿全部、谷川王位から海老天をもらっていた。
13時30分、再開。昼食休憩をはさみ、羽生は考え続ける。
■森田銀杏さん
控え室では勝又五段が記者やスタッフに詰将棋を出題している。勝又五段はすぐに解けない詰将棋を手帳に書き写し、解けるまで考えるのが習慣のようだ。手帳に書かれていたのは最近亡くなられた詰将棋作家・森田銀杏さんの作品。ほどなく解けたそうだが、昔考えたはずなのに、と苦笑していた。1959年に「詰将棋パラダイス」誌上で発表され、詰将棋愛好者の間では「森田手筋」と呼ばれる、打ち歩詰の新しい手法が盛り込まれている有名な作品だ。詰将棋作家は亡くなっても、その作品は生き続ける。そして森田さんは自身が一流の作家であったのみならず、江戸時代の古典から現代の名作までを後世の私たちに伝えた、優れた語り部でもあった。
▲8五銀(37手目)
■羽生、決戦を挑む
50分弱考えて、羽生、▲8五銀。「当たって嬉しいです」(勝又五段)。これは決戦になる。
■勝又五段の予想
控え室の継ぎ盤では振り飛車側に勝又五段が座り、それを記者やスタッフが囲んでいる。先ほど紹介した変化を再掲すると、
(1)△8二飛▲8六歩△7三桂▲7四銀△8六飛▲6三銀成は振り飛車有望。
(2)△7八飛成▲同金△7五飛▲7七桂△7六歩も▲8二飛で相当やれそう。
勝又五段の予想の一例は他に
(3)△7八飛成▲同金△5五銀▲8二飛△7三桂▲7六銀(▲7四銀は△7五飛)△4六銀▲9七角。これも最後の角出の味がよい。
振り飛車がよくなる変化は多いようだ。
■郷土の輿望を担って
控え室には先ごろ朝日オープン五番勝負で堀口一史座朝日を3勝1敗で降した、深浦康市新朝日が登場。挑戦権をかけたトーナメント決勝で、羽生を破った末の栄冠であった。熱海駅から対局場までの距離はだいたい2キロあまり。その間をゆっくりと歩いてきたそうだ。
深浦朝日は前局・第3局の対局場、長崎県大島町の対岸、佐世保市の出身。そのときは日程上、現地に訪れることはできなかった。長崎でお会いした地元のファンの方の多くは熱狂的な深浦ファンであった。今期名人戦の運営に尽力された椋露地淳市さん(佐賀名人戦観戦記者)は深浦を子供のときから知っているという。「今年A級に上がるのは誰だと思います?」どう答えればいいのかはもちろん決まっている。深浦は現在B級1組。前期は惜しくも昇級を逃した。
■振り飛車好転か?
▲8五銀の局面をしばらく見つめていた深浦七段の見解は「振り飛車がよさそうですね」。少し前までの控え室の検討では「名人有望」だったのだが……。森内が△9四歩と待った手が悪かったのだろうか。「難しすぎてよくわかりません」(島八段)。
△8二飛(38手目)
■苦悩の時間
大盤解説場、控え室、どちらの検討でも振り飛車がよくなる。継ぎ盤の形勢を見て、それから名人を見ると、どうしても苦悩しているように思えてしまう。
90分近い長考。名人は△8二飛を選んだ。
■名人位への思い
△8二飛に対して、羽生は30分以上考えている。控え室は関係者の数が増えてきた。これまでにない多さだ。本局で名人位が移る可能性があるためか。
羽生がはじめて名人戦に登場したのは1994(平成6)年。23歳ながら棋聖、王位、王座、棋王を併せ持つ、堂々たる四冠王だった。待ち受けるのは前年にライバル中原誠を降した米長邦雄。名人に挑戦すること7度目での悲願達成だった。米長の名人位獲得を、わがことのように喜んだ将棋ファンは多かっただろう。名人位に対する思いは、誰もが知っていた。その米長に対して、最強の挑戦者が立ち向かう。結果は羽生の4勝2敗。『名人、羽生善治。』(日本将棋連盟刊)に掲載された自戦記にはこう書かれている。
「およそプロ棋士を目指すような人間なら、一度は夢見るのが、名人という肩書き、地位である」
「ただのタイトル戦ではなかった。ただの対局でもなかった。ただの勝負でもなかった。名人戦はやはり名人戦だった」
羽生の名人位初獲得から、今年は9年目にあたる。
▲8六歩△7三桂▲7四銀(39手目から41手目まで)
■「よし」とされた先
羽生の▲8六歩は1時間以上の長考によるものだった。その間、これまで振り飛車よしとされていた順が、実は容易ではないことがわかってきた。すなわち、△8二飛▲8六歩△7三桂▲7四銀△8六飛▲6三銀成の次に、居飛車にも手段があるのだ。まず(1)△6七歩。(A)▲同金は△8七飛成▲7七金△8四龍でこれは居飛車がはっきり得。(B)▲7七金も△8四飛と引かれ、振り飛車は次にどう指すかが難しい。また(2)△5五銀と出る手も考えられる。こうなると、むしろ居飛車が指せるという見解もでてきた。
10分弱の考慮時間で、森内は△7三桂。羽生は▲7四銀ではなく、▲7六銀と引いた。
△8六飛▲7七金(42手目から43手目まで)
■若手棋士が集まる
控え室に人が入りきれなくなってきた。別室では深浦七段、勝又五段、松尾歩五段、高野秀行四段、藤倉勇樹四段の若手棋士が検討をしている。羽生の▲7六銀引は、ほとんど誰も予想していなかった。「この手は当たらないよ。純粋に1秒も解説しませんでした。△8六飛と走られたらどうするんだろうね」(勝又五段)。次に△7五歩と打たれるとひどい。誰かが「窪田流で▲7七金ですか」。指し手が伝えられ、歓声が上がった。
■所司一門
松尾五段に、この形は所司流というらしいですね、と聞くと「そうなんですか」。初めて聞きました、という顔をして笑っている。松尾五段は所司六段門下である。難関の三段リーグを1期で駆け抜け、19歳で四段。2001年度は新人王戦に優勝し、3期目のC級2組を全勝でクリアした。昨年度はC級1組9回戦で杉本昌隆六段との1敗直接対決に惜しくも敗れた。松尾五段に対する周囲の評価は高い。所司門下には他に渡邊明五段、宮田敦史四段という俊英がいる。数年後、この3名がA級順位戦の表に名前を並べている可能性は高い。しかし、その道は遠く険しい。
そういえば所司六段はインタビューで、弟子が名人にならなくてもいい、と言っていましたね、というと松尾五段は「えっ」とのけぞった。名人にならなくてもいい、その代わりに全ての弟子にプロになってほしいと思っている、と続くんですよ、というと、「そうですか」。いい話を聞きました、そんな顔をした。
■飛車をどこに引く
控え室では継ぎ盤の前に谷川王位が座り、記者に解説をする。▲7七金に対して(1)△8四飛は▲8五歩△同桂▲8六金。飛車に対して当たりがきついので、▲7四歩と打たれる順が大丈夫であれば(2)△8一飛と引きたい。「森内さん、ごきげんじゃないですか」(島八段)。「でも勝つまでは大変ですね」(谷川王位)。
△7六飛▲同金△8七銀▲7七金(44手目から47手目まで)
■森内、飛車を切る
次の一手を見て、控え室では驚きの声。「何を解説していたんでしょうね、僕は」、とは控え室に駆け込んできた勝又五段が嘆きの声。森内は飛車を引かずに△7六飛と切った。控え室で唯一この手を当てたのはフリーの観戦記者・加藤久康さんだった。▲同金△8七銀▲7七金まですぐに進む。第3局では羽生が飛車を切って銀を取った手が勝ちにつながった。本局ではどうなのだろうか。
△7八銀成▲同金△8七歩▲同金(48手目から51手目まで)
■森内、飛車を取り返す。
必然とも思える△7八銀成を指す前に、森内は少し時間を使う。以下▲7八同金△8七歩▲同金まですぐに進んだ。
控え室では加藤さんが継ぎ盤の前に座り△8六歩▲同金の次、どこに飛車を打つかが検討されている。
△6九飛(52手目)
■森内、飛車をおろす
継ぎ盤の前に谷川王位が座る。谷川王位が示した一例は単に△6八飛と打つ手。以下▲7九銀△6九飛成▲7七金)△7八歩の防ぎ)△8五桂▲7八金△7七歩▲同桂△6六角▲6八金は△4九飛成▲同銀△8七歩。こうなればもちろん居飛車必勝。
森内は6八ではなく、6九に飛車を打った。
▲7八銀△6八飛成▲5八飛(53手目から55手目まで)
■羽生、徹底抗戦
「引いても大変なのに、どうして飛車を切ったのでしょうか」(松尾五段)。別室では疑問の声があがっていた。▲7八銀から▲5八飛と、羽生は徹底抗戦の構え。雲行きがあやしくなってきた。
■夕食休憩
18時。定刻通り休憩に入った。「羽生先生は自信ありそうに見えました」(島八段)
■羽生優勢か
東京(新宿・三井55広場)での屋外解説は、雨で中止になったという連絡が入る。対局者が夕食休憩に入るとともに、NHK衛星放送の中継が始まった。大盤解説場には160の椅子が用意されているが、すでに満席。立見も出ている。
▲5八飛に対して(1)△同龍は▲同金で、居飛車は指す手が難しい。(2)△6六龍は▲同角△同角▲7七銀△3三角▲6六歩。これも居飛車が苦しい。控え室の見解は羽生優勢で一致している。
18時47分。定刻19時よりずいぶん早く森内が入室。盤の前に座り、考え始めた。
△5八同龍▲同金△7五銀(56手目から58手目まで)
■手になるのか?
再開後、森内はすぐに△5八同龍。控え室の予想は△6六龍だった。「今日はことごとく手が当たりません」(勝又五段)。▲5八同金に対して森内はすぐに△7五銀と出た。「これじゃあ手にならないよ」の声が出る。
▲7四飛△6四銀(59手目から60手目まで)
■中段飛車の意味
継ぎ盤の羽生側に森九段、森内側に勝又五段が座る。次の一手を▲7一飛と予想。そこで森内がどう手を作ろうとしているのかが検討される。以下△8六歩▲7七金△6六銀(!)▲同金△7七歩▲同角△7九飛でどうか、と深浦七段が指摘。以下▲6八金なら△8七歩成▲同銀△8五桂で手が続く。「手になったよ」(森九段)。そこに▲7四飛の指し手が伝えられる。上記の順を防いだものか。
■松尾五段の予想
△6四銀に対して先手はどう指すのか。「▲8四飛△7五銀▲7四飛ならもう一局ですね」(松尾五段)。もちろんこうはならないだろう。▲8四歩の垂らしが第一感だそうだ。
▲8四飛△7五銀(61手目から62手目)
羽生は▲8四飛と寄った。対して森内は△7五銀。次に▲7四飛と戻れば△6四銀で千日手。もちろんそうは指さず、▲8三飛成と成ってくるだろう。そうなれば最初の△7五銀に対して▲8三「龍」と打つことができたのと同じだ。
▲7四飛△7五銀▲8四飛△6四銀(63手目から71手目)
まで千日手
■まさかの千日手
羽生の次の一手に控え室からは大きな声。悲鳴と言ってもいい。▲7四飛。羽生は千日手にする意思を示した。森内に不服はない。両者の手がすらすらと進み、19時59分。千日手が成立した。正立会人の丸田九段が規約を読み上げる。
部分的に見ると△7五銀-▲7四飛の局面が4回現れたことになる。規約通り、千日手が成立。控え室は大騒ぎになった。
■羽生の真意は?
控え室では「2時まで行くかなあ」という声も聞こえる。NHKの読みは21時35分から再開される中継で最終盤の模様が伝えられれば、というものだった。それが翌2時30分からの中継で、指し直し局のライブが見られるかも知れない。
千日手の場合はすぐに感想戦は行われない。だから羽生の真意はまだわからない。別室では若手棋士が、どうして羽生は千日手にしなければならなかったのか、検討を続けている。2回目の▲7四飛で▲8三飛成だと△6六角と出る手があるようだ。以下▲7三龍△8八角成 ▲同金△5五角▲8三龍△8六飛▲同龍△同銀▲7七歩△8七歩となれば相当にうるさい。羽生はこの変化を気にしたのかもしれない。羽生は少しよいと思われる局面で千日手にすることがままあるようだ。
指し直し局の持ち時間は羽生が2時間3分、森内が2時間ちょうど。先後は入れ替わって、森内が先手となる。
■再開10分前
記録係の野島三段が控え室に帰ってくるなり、横になる。「もう寝るしかないよ」。千日手成立は正確には19時59分。規定により指し直し局はその1時間後に行われる。大変なことになったと言いながら、スタッフの表情はみな嬉しそうだ。歴史的な場面に立ち会っている実感があるためか。
再開10分前、野島三段は起き上がって対局室に向かっていった。
【指し直し局】
★第4局指し直し局
▲7六歩(1手目まで)
■指し直し局開始
千日手局が終わった時点での残り時間は森内名人1時間4分、羽生挑戦者1時間7分。規定により、残り時間の少ない森内の方に時間を足して2時間にする。足した時間は56分。同じだけ羽生にも加え、指し直し局の持ち時間は先手森内が2時間ちょうど。後手の羽生が2時間3分である。
千日手局の終了時刻から1時間が経った。20時59分、千日手指し直し局が始まる。名人の初手は▲7六歩。
△3四歩▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金
△3二金▲2四歩△同歩▲同飛まで(2手目から11手目まで)
■横歩取り模様
羽生の2手目は△3四歩。▲2六歩に対しては△8四歩。羽生は今度は振り飛車を選択しなかった。慣れ親しんだ戦法で戦おうというつもりでしょう、とは島八段の見解。第1局と同様、先手森内、後手羽生の構図で横歩取り模様の将棋となった。両者の指し手は早い。
■横歩取り小史(1)
横歩取り戦法において、横歩を取る先手と取られる(取らせる)後手、どちらが有利なのだろうか。江戸時代から問われつづけてきた、将棋の一大テーマである。昭和のはじめまでは後手の方が有利と思われていた。「横歩三年のわずらい」は、先手の歩得より後手の手得がまさるという意味の格言である。
▲2四同飛の局面で△2三歩と打ち、先手が▲3四飛と横歩を取る。後手は△4一玉と寄って手得を主張するか。あるいは△8八角成▲同銀△2五角▲3二飛成△同銀▲3八銀△3三銀として、飛車と金歩2の駒割を得とするか。木村義雄はそれまでの常識を覆し、いずれにせよ、横歩を取った先手が有利と見た。それに対して木村と第1期名人戦で最後まで争った花田長太郎、第2期名人戦で七番勝負を戦った土居市太郎は後手が有利だと信じた。
長い試行錯誤の末、現在ではこの△2三歩-▲3四飛型の進展の評価はほぼ定まっている。横歩を取る先手、すなわち「木村の方が正しかった」のだと。とりわけ、△2五角に対して▲3六飛と引く順は、この形の横歩取りに対してとどめを刺すこととなった。その新手法を実戦で用いて指したのは、新進気鋭の佐藤康光であり、羽生であった。
現在の定説を覆す手法は将来発見されるかも知れない。しかし現時点では、ここで△2三歩と打つ棋士はいなくなった。
△8六歩▲同歩△同飛(12手目から14手目まで)
■横歩取り小史(2)
現在では後手は△2三歩と打つ代わりに、ほぼ100%、△8六歩から飛車先の歩を換えてくる。先手は横歩を取るべきかどうか。必ずしも▲3四飛とする必要はない。横歩取りは他の戦法以上に、事前の研究が大きな武器となる。避けることのできない激しい流れの中で、何が飛んでくるかわからない。独特の感覚も必要だ。そこで▲3四飛ではなく、▲2六飛と引けば比較的穏やかな将棋にすることができる。
1989年度の王将戦七番勝負が始まる前、「横歩を取れない男に負けてはご先祖様に申し訳ない」と言い放った挑戦者がいた。挑戦者の名前は米長邦雄。王将位を持つ南芳一は横歩を取らない棋士とされていた。米長の挑発に乗った格好で、沈着冷静で知られる南が横歩を取る。結果は南の勝ち。しかし4勝3敗で七番勝負を制したのは米長の方だった。
▲3四飛△3三角(15手目から16手目まで)
■横歩取り小史(3)内藤流空中戦法
先手の森内は▲3四飛と横歩を取った。羽生の△3三角は「内藤流」と呼ばれる手法。
木村義雄以来、横歩取りは「先手有利」が常識とされていた。その常識に内藤國雄九段は挑む。内藤はタイトルマッチにおいて、並ぶ者なき名人として棋界に君臨していた中原誠を相手に横歩を取らせた。そして、盤上を飛角桂が華々しく飛び交う「内藤流空中戦法」をあやつり、鮮やかに中原を仕留めた。「横歩取らせ」の復権は、内藤の試みから始まったともいえる。
▲3六飛△4一玉▲8七歩(17手目から19手目まで)
■横歩取り小史(4)
▲3六飛に対して△2二銀ではなく、△4一玉と寄るのが最近の主流。場合によっては△4二銀と上がる余地も残している。
この4一に玉を寄った形が本戦法の骨子のひとつ。△3三角が「内藤流」なら「4一玉-5一金-6二銀」の形は「中原囲い」と呼ばれている。
1985年、中原は谷川から名人を奪い、復位を果たす頃から、中原は相掛かりと横歩取りに独自の境地を見出しはじめる。すでに大名人として地歩を固めていた中原が、数々の斬新な手法を実戦で問うたのだ。多くの棋士は中原の試みに当惑した。確かに中原はそれで結果を収めている。しかしそれは中原が強いからかろうじて指しこなせているのであって、手法自体は無理をともなうものではないか。一例をあげれば、後手番の横歩を取らせた場合の「中原囲い」は江戸時代の感覚のよう、と言われたものだ。古典でしか見ることができず、昭和初期には時代遅れとされていた囲い。それが段々と優秀さを認められ、現在では後手番の横歩取りのスタンダードとなっている。
△8五飛(20手目)
■横歩取り小史(5)
羽生は△8五飛。この飛車の引き場所を見て奇異だと思われる方はもういないだろう。1997年に中座真五段が発表し、一躍現代のメジャー戦法となった、△8五飛戦法の意思表示である。
△8五飛戦法、すなわち中座飛車の登場は、後手番の居飛車の序盤戦術に革命的ともいえる影響を与えた。横歩取り△3三角戦法は先手側の対策が進み、やや手詰まりの感があった。それが飛車の引き場所を8四から8五に変えただけで、これまでには考えられなかったほど攻撃のバリエーションが増えた。後手番がはっきり勝率が良いという戦法が出現したのである。中座飛車はすさまじい勢いでプロ棋界に広まる。先手も負けじと対抗策を打ち出す。近年の居飛車定跡の最前線は、この中座飛車に集中した感があった。
■名人戦における中座飛車
ここ数年の名人戦でも、何局も中座飛車は登場した。中でも2000年度の名人戦は圧巻だった。名人は佐藤康光。挑戦者の丸山忠久八段は先手なら角換わり腰掛銀、後手なら中座飛車を駆使して名人戦の舞台に駆け上がってきた。相手の得意戦法は避けるのが得策である。ところが佐藤はすべて受けて立った。もちろん自信あってのことに違いない。結果的には3勝4敗というスコアで、佐藤は名人を失った。それでも多くのファンは、佐藤が名人としての矜持を示したシリーズであったと記憶しているだろう。
▲2六飛△2二銀▲6八玉△6二銀▲3六歩△5四歩▲3八銀(21手目から27手目まで)
■△8五飛VS▲6八玉型
羽生の△8五飛に対して、森内がどちらに玉を上がるのかが分岐点のひとつ。一般的に5八ならバランス重視とされる。森内はすぐに▲6八玉と上がった。羽生が△5四歩の次の手を考えているところで、残り2時間の声。ここまで3分しか使っていない。しかしこの短い時間の間に、四百年の将棋の歴史が凝縮された手順が再現された、と言えなくもない。
少し間を置いて、森内は▲3八銀と上がった。
△5五歩▲3七銀△7四歩▲4六銀△7三桂▲3七桂△5二金(28手目から34手目まで)
■金を上がった意味は?
△5五歩は▲6八玉型に対してはやや珍しいというのが島八段の解説。ほぼ△8五飛戦法の定跡手順通りに進んでいるところに、羽生の△5二金が伝えられる。「趣向ですね」(島八段)。△5一金ではなく、△5二金と上がった理由は上部を手厚くした方が得な変化を選ぼうとする意味か。「端的に言うと、飛車を切って攻めるような変化は選ばないということです」(勝又五段)。
▲6六角△7五歩(35手目から36手目まで)
■挑戦者の仕掛け
続く森内の▲6六角は3つの意味がある、とは島八段の解説。(1)7九銀を使いやすくする。(2)△4二角から△8六歩のときに▲7七桂と跳びやすくする。(3)△7五歩を緩和する。そこまで解説を聞いたところで、羽生の手が伸びた。△7五歩。
▲8八銀(37手目まで)
■22時過ぎの中盤戦
早いテンポで進んでいた指し手が、羽生の△7五歩で止まった。中座飛車における仕掛けのバリエーションのひとつである。対して先手は素直に取るのではなく、△7六歩と取りこませてから▲7四歩をねらう指し方もある。森内に対して、残り1時間30分の声。約15分の考慮時間で森内は▲8八銀と上がる。
△7六歩▲7四歩△6五桂▲2九飛(38手目から41手目まで)
■勝負所
羽生の仕掛けから、左辺で戦いが始まった。その最中、森内はじっと▲2九飛と引く。「△4四角や△3四桂をあらかじめ避けた意味がありますね」(松尾五段)。控え室では、引っ張り込んで面倒を見る森内流らしい、との声も。この戦法はすぐに局面全体に戦いが広がる。早くも勝負所。
大盤解説場には半数以上の方が残られている。大盤解説が再開される22時20分まで、皆さんも休憩されているようだ。控え室の継ぎ盤では森内側に森九段、羽生側に谷川王位が座り、検討が続けられている。
△2六歩(42手目まで)
■記録係(2)
大盤解説場では島八段と勝又五段による解説が始まる。島八段が記録係はどうしたって眠くなるという話をする。「午後2時頃が最悪でしてね。私が対局しているときに、隣りからごつんごつんと音がするんでびっくりしたんですよ。記録係が机に頭をぶつけていたんですね」。モニターテレビに映る野島三段には疲労の色が濃い。「いちばん形勢が悪いのは、記録係みたいですね」(勝又五段)。控え室で勝又五段は、記録係がもし倒れたら勉強に来ている若手が代わりをすればいい、何なら自分がやってもいい、と言っていた。両先生とも優しいのだ。
■時間の使い所
羽生は20分以上考えている。「ここでダメになると、時間を使うところがなくなりますからね」(島八段)。▲2九飛に対する応手は悩ましい。
(1)△7七歩成は▲同桂ではなく、▲同銀と取る手がある。△同桂成▲同桂となれば先手の調子がよい。
(2)△2六歩はこの形での常套手段。▲同飛と取らせれば一歩を犠牲に一手を稼いだことになる。そこで先手は▲4八金と立つのが形。以下たとえば△5六歩▲同歩△2七歩成▲同飛△6六角▲同歩△3九角の強襲は、▲5八玉△5七歩▲4九玉で続かない。
30分以上考えた羽生の指し手は△2六歩だった。
▲4八金△4四角(43手目から44手目まで)
■ねじり合い
控え室では△2六歩に対して、▲8六歩以下の変化も検討されていた。以下△同飛▲8七銀△8一飛▲8六歩となれば「一局の将棋です」(島八段)。森内の指し手は第一候補の▲4八金だった。先ほど紹介した△7七歩成▲同銀の変化に対して、△同桂成ではなく、△5六歩と突く順はあるようだ。また、△3八歩は青野九段が指摘した手。以下▲同金なら△7七歩成▲同銀△2七歩成▲同飛△5六歩で攻め倒そうという意図だが、これはやや無理筋のようだ。羽生は△4四角と上がった。じっと角を上がって手を渡す。中盤のねじり合いである。
▲4五銀(45手目まで)
■再千日手説
23時を過ぎた。野島三段はつらそう。控え室では記録係に対して声援が送られる。
森内の△4四角に対して、継ぎ盤では▲4五銀△3三角▲3四銀△4四角▲4五銀となるとどうかの声。モニターテレビを見ていたスタッフがあげた声で、次の一手がわかった。森内は▲4五銀と上がった。
△5三角▲4五銀△6四角(46手目から48手目まで)
■千日手回避
誰かが「納豆と干物で打ち上げだ」とやけになったようにつぶやく。再千日手から指し直しとなれば、終わるのは明け方になるだろう。
羽生は3三ではなく5三に角を引いた。森内は▲5四銀と追う。以下△4四角に▲4五銀なら千日手コースだが、代わりに▲8六歩と突く手がある。△同飛はもちろん▲6五銀だ。羽生は△6四角と逃げた。これは千日手にはなりそうもない。
▲7九玉△5六歩▲同歩△3三桂(49手目から52手目まで)
■24時前
△6四角の次、▲2六飛と歩を取るのは後手から△5三銀と銀交換を挑む手があるようだ。そこで▲7三歩成△同銀を入れてから▲2六飛などが検討される。森内は▲7九玉。検討には現れなかった手だ。
対して羽生は力強く△5六歩と突いた。▲7九玉をとがめようとする手か。森内は▲5六同歩。ここで△5七歩と垂らし、▲2六飛に△5八歩成と勝負する順はどうか。以下(1)▲同金は△3七角成。(2)▲2二角成はかまわず△4八と。指し手が早くなり、検討が段々と追いつかなくなってきた。羽生は△5七歩ではなく、△3三桂と跳ねた。
■日付が変わる
大盤解説場では青野九段が解説を続けている。△3三桂は「ぐらっときたんじゃないですかね」。名人に対してパンチが入ったのではないかという意味だ。直接的には△5三歩の銀取りがある。▲2六飛には△5三歩▲4五銀△2五歩。後手は飛車先を止めてから銀を取ればよい。「森内さんのいい手を探してきます」(青野九段)。大盤解説は休憩となった。日付が変わった。新聞の締切を気にする声が出始めた。
▲7三歩成△同銀▲7五歩△同飛▲3八金(53手目から57手目まで)
■壁形解消法
森内はうまい手順をひねり出してきた。▲7三歩成と成り捨て、△同銀に▲7五歩。「森内流、壁形解消法ですね」。6五の桂取りを見せるとともに、凝り形をほぐすつもりか。△同角は▲6五銀△6六角▲同歩。飛車で取る一手の声の通り、羽生は△7五同飛。控え室の検討ではここで▲7七歩と合わせると見ていた。壁形を解消できれば、まだまだ戦えるだろう。ところが森内はノータイムで▲3八金。検討では出なかった手。△7五角と飛車を取ったときのあたりをあらかじめ避けたか。「羽生先生、残り40分です」(野島三段)。羽生の次の指し手は難しそう。
△5七歩(58手目)
■名人、残り15分
別室の松尾五段、藤倉四段など若手棋士たちの検討では△8五飛と逃げる手が検討されていた。第一感、飛車を取られて一段目に王手で打たれてはまずいと思われるから。以下▲7五歩△同角▲6五銀△6六角▲同歩△5七角▲6八桂△6六角成▲7六銀が変化の一例。「これは長くなりますね」(松尾五段)。森内にもチャンスが生まれそうだ。
大盤解説場では、ほとんどのファンが帰らずに熱戦を見守っている。島八段に代わって、青野九段が解説に立つ。
羽生は飛車を逃げなかった。△5七歩。森内名人の残り時間は、わずかに15分。
▲7五角△同角▲8一飛(59手目から61手目)
■名人、残り3分
森内は残り6分まで考えて、▲7五角と飛車を取った。羽生はすぐに△同角。別室の若手棋士や大盤解説の検討では羽生よし。▲3八金の評判がよくない。「名人は一番粘れない順を選んでしまったのかもしれませんね」の声。森内の残り時間がいよいよなくなってきた。小考で、▲8一飛の王手。残りは3分。羽生は30分近く残している。
△5一金(62手目)
■大山名人の二歩
▲8一飛と打たれた局面をよく見ていただきたい。ここで△5一歩合を考えられた方も多いのではないか。馬鹿にしないで、と思われたとすれば申し訳ない。もちろん△5一歩合は「二歩」の反則である。
しかしプロの公式戦であっても、二歩が打たれた例は数知れない。あの大山康晴も名人在位中、二歩を打ったことがあるくらいだ。羽生だって2年前、1手で詰む方に玉を逃げたことがある。将棋では何でも起こり得るのだ。
とは言っても羽生のそんな落手は、私たちが生きている間にもう一度見れるかどうかなのだろう。△5一金はこの一手。羽生は△5七歩と打つ前から、この金引きで大丈夫と読みきっていたのだ。
▲4八金△5八歩成▲同金(63手目から66手目まで)
■羽生、勝勢か
△5一金引に対して▲6三銀成と入れば、次に▲5一飛成△同玉▲5二金までの詰めろ。しかし6筋の歩が切れると今度こそ△6一歩と底歩を打たれ、鉄壁にされてしまう。森内は▲4八金と寄って、△5八歩成を防ぐ。控え室の検討ではそれでも△5八歩成▲同金△5七桂成が厳しいと断定していた。▲5九金と引けば△2四角が痛打。△5七桂成ではすぐに△2四角もありそう。羽生の勝勢が誰の目にも明らかになってきた。残り時間はまだ20分以上ある。
△5七桂成▲5九金△6二銀▲7三歩(66手目から69手目)
■最終盤
控え室では終局近しの雰囲気。△5七桂成▲5九金。検討通りに指し手が進む。次の△2四角で名人の投了もあるのではないか、とスタッフが話していたところに、△6二銀。「一番の『激辛流』は羽生さんだと、森下さんが言ってましたね」(島八段)。絶対にこの将棋を落とさないという意思表示。逆転の雰囲気はまったく感じられない。森内の残り時間は少ない。秒に追われるように、▲7三歩と垂らす。羽生はここで席を立った。落ち着いている、と感服するよりないのだろう。「羽生、名人復位」の見出しは、もう朝刊に間に合いそうもない。
△2四角(70手目)
■「打った」
羽生が席に戻ってくる。最後の読みを入れているのだろうか。モニターテレビを見つめるスタッフから「打った」の声があがる。△2四角。
羽生が△6二銀と引いたのは、▲7三歩と一歩を使わせる効果もあった。つまり△2四角に対して▲2五歩△同桂▲同桂△6七成桂と進んだとき、△6八歩と打つ一歩がない。
▲8六歩△5八成桂▲6八金寄△5九成桂▲7二歩成△5八成桂▲7八玉(71手目から77手目まで)
■羽生、名人復位に近づく
森内は▲8六歩とこらえる。8七から玉を逃げる空間を作った。△5八成桂に▲6八金寄。ここで△6八同成桂▲同金△同角成▲同玉△5七金以下の詰みを防いだのが▲8六歩の意味。△5九成桂は逆モーションのようだが確実な寄せ方。▲同飛は△4八角成で加速する。森内の▲7二歩成まですぐに進む。ここでまた羽生は席を立った。控え室にどよめき。羽生が戻ってくる。△5八成桂。森内が水を飲む。▲7八玉はこの一手。
■神が選びし者
谷川王位は著書の中でこう書いている。
「…『名人だけは、将棋の神様が選ぶ』とも言われる。そして、その言葉が受け入れられるのも、棋士の全てがこのタイトルに特別なものを感じているからだろう。私は、名人就位を将棋界の厳粛な儀式だと考えている。元旦が、一年の中の一日ではあっても、やはり特別な日であるように、名人は七つのタイトルの一つではあるが、やはり特別なタイトルである」(『復活』、角川文庫)
いつしか居並ぶ若手棋士がみな座り直し、正座になっている。歴史的な場面に立ち会っている、そんな雰囲気だ。
△6八角成▲8七玉△8五歩▲6二と(78手目から81手目まで)
■形作り
守りの要の金2枚を奪われながら、森内の玉は追われる。△8五歩と打たれたとき、水を飲み、おしぼりを手にした。森内が投了する前の特徴的なしぐさだという。8六に龍が利かなくなった。▲同飛成と取れば後手玉に脅威がなくなり、△8四金という冷たい手が待っている。▲6二と。羽生の玉に詰めろをかけ、一手違いの形を作った。「形作りの一手ですね」(青野九段)。
△8六馬(82手目)まで羽生王将の勝ち
■森内名人、投了
羽生の△8六馬を見て、名人は投了した。正式な終了時間は午前1時38分。スタッフが一斉に対局室に向かった。
投了図以降は(1)▲7八玉なら△6八成桂。(2)▲9八玉なら△8七金▲同銀△同馬▲同玉△8六金▲8八玉(▲7八玉)△8七銀▲7九玉△5七角成。いずれも簡単な詰みである。
■羽生、名人復位
モニターテレビを通して羽生へのインタビューが聞こえる。△2四角で勝ちを確信したという。4連勝の結果には「自分でも驚いています」。羽生は7期ぶりの名人復位。通算、4期目。来年の防衛戦には、いよいよ永世名人位がかかる。森内は「全体的に完敗でした」。結果的には好局の第2局を落としたのが大きかったようだ。両者へのインタビューが終わり、感想戦が始まった。
■深夜の研究会
2時20分を過ぎても感想戦が続いている。羽生の方だけがしゃべっているようだ。モニターテレビの前に座った何人もの棋士が、羽生の感想に感心したり、驚いたりしている。続いて千日手局の感想戦が始まった。多忙の羽生が現在他者と将棋の研究をするのは、森下研(森下卓八段が主宰する研究会、メンバーは森下、羽生、木村一基七段、松尾歩五段)と対局後の感想戦のときぐらいなのではないか、とは勝又五段。「でも、その深夜の研究会が大きいんだろうね」。目を輝かせて複雑な変化を追いかけている棋士たちを横目に見ながら、隣りの記者が最後の記事を送っていた。
■羽生を倒す者
松尾五段がじっとモニターテレビを見ている。感想戦の盤面は、どういう経緯でそうなったのかわからない形になっている。もう記者の頭では手を追えなくなった。記者が松尾に話しかける。「何かコメントをお願いしますよ。5年後には僕が羽生名人に挑戦します、とか何とか」。「うーん、ちょっと自信がないです」。どうも頼りない。「じゃあ、6年後ですか」。「ははは、それでお願いします」。
羽生新名人の強さは、はかり知れない。その全盛期はどこまで続くのか。想像もできない。しかし10年か、20年か、あるいはもっと先か。羽生の力が衰えるときは必ずくる。でも、そのときでは意味がない。全盛期の羽生善治名人に挑戦する新しい若者が現れるのを、将棋ファンは待っている。

コメントする
(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)