2008年3月31日

花冷

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  3月31日(月)

 昼、「シンパンツェ」にてランチ。まだ雨が降っていて、外に出ると寒かった。

 午後、駒込のLPSA事務所とサロンに。そのうち外は雨があがり、いまはもう日が差している。六義園か古河庭園か、駒込に咲く花を撮りに行けばいいとも思うが、寒いので家に帰ってきた。

気球

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 3月30日(日)

 古河では気球を飛ばすイベントが開催されていた。気球に乗って上空から渡良瀬川や古河の町を撮るつもりだったのだが、風が不安定になったということで、残念ながら早い時間にたたまれてしまった。また来年来れば、乗せてくれるだろうか。

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春の公園

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雨読

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 3月30日(日

 午後、古河の長谷観音、歴史博物館、文学記念館、鷹見泉石記念館、篆刻美術館などを回る。
 夕方、帰宅。徹夜明けのため眠く、風呂に入ってそのまま熟睡。夕食のお誘いなどあるも残念ながら断って、布団の中でまた寝入る。

 3月31日(月)

 日付が変わる頃に起きる。
 今朝もずっと雨が降っている。前日の餃子以降なにも口にしていないので腹が減ったが、外に出るタイミングが見つからず、ずっとPCの前に座っているうちに朝になった。

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晴れのち雨

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 3月30日(日)

 総合公園には丸満が出店していて、午前から餃子とビール。古河散策の最後には丸満、ドミニカとともに古河三大餃子のひとつとされる山陽楼まで歩いて行ったのだが、残念ながら閉まっていた。

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 風が強い青空の下、丸満のブースの近くでは洋傘が並べられていた。店の名前を見て、一本買っていこうかとも思った。古河の町は午後から次第に曇り始め、夕方、JRの駅から宇都宮線に乗る頃には雨が降り出した。総合公園ではきっと、傘がたくさん売れたに違いない。

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春と赤ン坊

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菜の花畑で眠つてゐるのは……
菜の花畑で吹かれてゐるのは……
赤ン坊ではないでせうか?
 
いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど
 
走つてゆくのは、自転車々々々
向ふの道を、走つてゆくのは
薄桃色の、風を切つて……
 
薄桃色の、風を切つて
走つてゆくのは菜の花畑や空の白雲
――赤ン坊を畑に置いて

(中原中也)

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桃園

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 3月30日(日)

 古河の総合公園へ、桃の花を見に行く。古河の桃は歴史が古く、江戸幕府創成期の能吏で古河藩16万国の藩主である土井利勝(1573~1644)が植えさせたのが始まりという。

 まだ少し肌寒くはあるが、午前中は晴れていて、花見をするにはまずまずの日和だった。

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2008年3月30日

古河再訪

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 3月30日(日)

 前回古河を訪れたのは2月の寒い夕方だった。桃の花が咲く頃になったらまた訪れたいと思っていたのだが、あやうく忘れるところだった。というわけで、今から出かけてきます。総合公園では気球に乗れるだろうか。

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春の夕餉


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 3月29日(土)

 20時頃、ライトアップされたしだれ桜を撮るつもりで近所の六義園に。閉園間近なのでもう人もまばらであろうと思いきや、入口前に数百人規模の行列ができているので驚いた。並ぶ気も起こらず、アザレア通りまで戻り、「シンパンツェ」にて夕食。近くの古本屋で文庫本を2冊買ったものの、読み終わるまでに3月は終わり、あわただしい4月になるだろう。

2008年3月29日

春宵酔眼

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 3月26日(水)

 夕方起きて朝までPCに向かったり、本を読んだりという日々。
 昼、電話で起こしてもらい、中倉宏美さん、島井さん、出原さんと駒込のデニーズでランチ。島井さんは最近結婚式で下関に行ってきたそうで、その話など。唐戸市場に行った後秋芳洞に移動というスケジュールは、地元民の目からすればどうかとも思われたが、よく考えたらそう遠くでもないか。

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 夜、知人とアザレア通りでとんかつ。店の名前がよく思い出せない。駒込のとんかつ屋といえば「PDG」でも紹介された「とんき」が有名。そういえば最近たまたま入った新宿駅西口の「豚珍館」はコストパフォーマンスが高く、おすすめです。

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 3月27日(木)

 夕方、対局が終わったばかりの上川さんから電話。鳩森神社にて缶ビールを開け、花見をする。そのままジェイ・クックに移動し、ワインを1本。ところで最近会った方に「よいざむらいびより、あれは面白かったですね」と言われた。

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 3月28日(金)

 夕方、棋王戦第5局をネットで観戦。佐藤棋王が羽生挑戦者の挑戦を退けて防衛。
 夜、駒込駅北口近く、本郷通りのシャンティに。キーマカレーを頼む。渡辺明ブログを思い出し、ナンにしようかとも思ったが、結局ライス。ずいぶんと辛かった。

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2008年3月28日

幻庵

 北条長綱(1493~1589)は初代・早雲の三男で、二代・氏康の弟。一族の五代百年を見た人で、家督を譲ってからは幻庵宗哲と称した。その名前が奇しくも表す通り、後北条氏の興亡は、白昼の幻のようにも思える。

 囲碁の井上因碩(1798~1859)は井上家の十一代目で、一般に幻庵因碩と呼ばれる。盤上、盤外にわたる本因坊家との争いに末に、ついに名人碁所になれなかった。囲碁の世界では「幻」のように、形而上的、観念的で色彩鮮やかな字がさほど大げさに感じられない気がする。

 将棋界で幻庵といえば5世名人二代伊藤宗印(1655~1723)。「幻」の字は「玄」とも書く。何かの文献で読んだが、宗印自身は「玄庵」を使っていたようだ。確かに将棋の世界では、「玄」の字の方がしっくりする気がする。

This will be our year

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Now we're there and we've only just begun
This will be our year took a long time to come

(Rod Argent)

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箱根山坂

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 箱根の山を訪れたときにはまだ、桜の花が咲くのはしばらく先のように思われた。東京では現在桜が満開だが、ものぐさなためか、なかなか写真を撮りに行こうという気が起こらない。

 箱根の関の東側を「関東」とするのは時代が下ってのことのようだが、箱根の坂の東側を「坂東」と称するのはずいぶん昔から。「箱根の山を越える」の慣用句を昔の旅人のように歩いて実感してみたくもあるが、ものぐさなためか、なかなかその気が起こらない。

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くじら屋

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 3月25日(火)

 夕方、知人と浅草の「捕鯨船」に。たけしの歌では「煮込みしかないくじら屋」とあるが、実際には鯨料理を中心にメニューはそれなりの数。竜田揚げを口にした知人は80年代生まれで、鯨は初めてと言っていた。

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洒落男

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俺は村中で一番 モボだと言われた男
己惚れのぼせて得意顔 東京は銀座へと来た

アラマアそれは素敵 名誉とお金があるならば
たとえ男がまずくても 私はあなたが好きよ

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2008年3月27日

ハーブティー

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2008年3月25日

浅草花やしき

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 3月25日(火)

  午後、浅草に。最近仕事を辞めたという知人と待ち合わせ、花やしきに。浅草には何度も来たことがあるが、ここに入ったのは初めてです。平日のひなびた感じをイメージしていたが、学校が春休みということもあって、ずいぶんとにぎやかだった。

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浅草キッド

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お前と会った仲見世の 煮込みしかないくじら屋で
夢を語ったチューハイの 泡にはじけた約束は
灯の消えた浅草の 炬燵ひとつのアパートで

夢はすてたと言わないで 他にあてなき二人なのに

夢はすてたと言わないで 他に道なき二人なのに

(ビートたけし)

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ひねもすのたり

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 3月24日(月)

 箱根は杉の本場のようなところだが、自分が持ち歩いているるD80では、花粉までは写らない。昨日は海の中で目を開けて泳いでいるような感じだった。

 今日は朝起きて雨音が聞こえ、どこにも出かける気が起こらず。そのまま熟睡。

 午後、横になりながら司馬遼太郎「箱根の坂」を読む。いつの間にか寝て、電話がかかってくるたびに起きるの繰り返し。そうしていつの間にか、日が暮れていた。

2008年3月23日

箱根、小田原

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 3月23日(日)

 連盟女流の桜前線イベントを見学しようと、朝9時30分新宿発のバスに乗って箱根に。お客さんが十数人と少しさびしかったのは、東京からは少し距離があるのと、大和証券杯女流最強戦決勝や朝日アマ全国大会と重なったからだろうか。

 夕方、バスに乗って箱根の山を下る。渋滞ゆえ途中宮ノ下にて箱根登山鉄道に乗り換え、小田原の町に。今まで通り過ぎるだけで一度も行ったことがなかった小田原城跡を散策。そのまま西に向かって掛川や浜松など東海道の城めぐりツアーに行こうかとも思っていたのだが、結局小田急線に乗って東京に帰ってきた。

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2008年3月22日

春休み気分

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 3月19日(水)

 午後からずっとLPSA駒込事務所。アザレア通りのフラワーショップで買った、アザレアの花を飾ってみた。

 3月20日(祝)

 新宿の東京厚生年金会館にて第1回ペア将棋選手権。詳しい模様はこちらをご覧ください。関係者の皆さま、大変お世話になりました。今年度最後の大きな仕事が終わって、春休み気分。

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 3月21日(金)

 旅に出ようかと思いきや、午後からずっとLPSA駒込事務所。

 3月22日(土)

 春らしい陽気の一日。午後、サロンにてキッズスクールの撮影。
 明日から電車に乗って、どこか旅に出ます。

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2008年3月19日

ランチパスタ


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2008年3月17日

春の夜の夢

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 3月17日(月)

 夕方、新宿から小田急線に乗り、鶴巻温泉の陣屋へ。徹夜明けでぼんやりしていて、相模大野で小田原方面に乗り換えるべきところ、しばらく藤沢方面に向かったところで気がついた。

 陣屋では4月3日、第1期マイナビ女子オープン五番勝負第1局がおこなわれる。過去に他棋戦でネットワークカメラを使って中継されていたこともあり、ネット環境は特に問題ないように思われた。

  ところで陣屋は、鎌倉幕府創設前後で活躍した和田義盛の別邸。源頼朝が覇権を握ってからの幕府内での権力闘争は決して楽しい物語ではないのだが、これを機にまた平家物語や吾妻鏡を読んでみようかと思った。

  写真は下関、壇ノ浦。上はみもすそ川公園の源義経像。下は赤間神宮(旧阿弥陀寺)の耳なし芳一像です。

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early bird

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 3月17日(月)

 確定申告、本当に間に合うんですかね。自分の鳥頭ぶりにびっくりして二度寝しそうな勢いなので、とりあえずコンビニでノリと付箋を買ってきます。

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2008年3月16日

年度末感慨

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 3月16日(日)

 歳を取るにつれ時間の過ぎ方は早くなってくるものだが、ここ数年、特に昨年度から今年度にかけてはまったく逆で、気づけばあの歴史的な渡辺竜王-ボナンザ戦からまだ1年も経っていないのには驚いた。激動の将棋界に身を置くものの一人として、自分は様々な得がたい体験をさせてもらったようだ。

 今日は育成会最終日で、連盟のページにはまだ発表されていないが、伝え聞いたところでは新しい女流棋士が誕生したという。

 一方で、今日届いたばかりの「週刊将棋」2008年3月19日号を見ると、坂東香菜子女流2級が来年度休場すると書いてあった。詳しい事情はまったく知らないですけれど……。ともかくも、これまでお疲れさまでした。

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営業終了

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 結局安吾を読んでいるうちに眠くなった。寝てきます。

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春先のイベント

 3月16日(日)

 昼頃起床。外に出て、駒込アザレア通りに。昨日に引き続いて春らしい陽気で、フラワーショップの軒先には、赤いアザレアの花が並べられていた。古本屋にてちくま文庫の「坂口安吾全集(17)」などを買う。寝転んで安吾巷談や安吾史談を読んで過ごしてもよさそうな休日だが、確定申告をまだ済ませていないのでそうもいかない。「キッチンNORI」で遅いランチの後、あきらめて領収書の山に取り組み始める。税理士事務所に勤めている妹に丸投げすれば話は早かったのかも知れないが、自分の経済状況を振り返る貴重な場のように思えてスルーしてしまった。明日のスケジュールは午前中に渋谷税務署に行き、すっきりした気分で夕方には陣屋なのだが、はたして。

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春の岬

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 春の岬 旅のをはりのかもめどり
 浮きつつ遠くなりにけるかも

 (萩原朔太郎)

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瞳を閉じて

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風がやんだら沖まで船を出そう
手紙を入れたガラスびんを持って

遠いところへ行った友達に
潮騒の音がもう一度届くように
今 海に流そう

(荒井由実)

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2008年3月15日

桜咲く前

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 3月15日(土)

 花粉症にはヨーグルトがいいと聞いて、毎日コンビニで買うようになった。リラックママグカップのポイントシールがついていれば、あっという間にたまるだろう。ただし体質改善にヨーグルトの効果が現れるのは、ずいぶん先の話らしい。

 夜、上川、佐藤裕美、斎藤Dというメンバーで駒込「田んぼ」に。上川さんは言うに及ばず、サトヒロさんもD君もよく飲む。今度南の島に行くという上川さんは、今日水着をはいてみて、入らないのに愕然としたという。だったら先生、いまこの瞬間に飲み食いしている場合ではないのでは……。いまレシートを見てみるとビールの後、自分以外の3人で焼酎を二十杯近く頼んでいる計算だ。まだ桜も咲いていないのに、大丈夫かね。その後店を出て、今度はラーメンに餃子とは、素人目には悪手に悪手を重ねているようにしか見えないのだが……。まあいいや。帰ったらデザートで、カステラでも食べてください。

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春うらら

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 3月15日(土)

 11時半頃、知人とランチで「シンパンツェ」に行く。少し早かったようで、開くまでの時間で、近所でナンバーズ4とロト6を買った。

 午後、遅ればせながらホワイトデーの何かを配り始めようと思い立つ。全部で十数人分。ほとんど職場関係ですけどね。小考の結果、福砂屋のカステラというあまり色気の感じられないセレクトになった。中目黒に住んでいたときには目の前に福砂屋の工場があり、贈答用によく買いに行ったものだ。せっかくの春らしい陽気でもあり、目黒川沿いの写真を撮りながらの散歩も考えたのだが、結局面倒になって池袋の百貨店に。ビックカメラでデジタルビデオカメラと新しいPC用のマウスも買って散財した。

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2008年3月14日

道策と宗看

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 囲碁の名人である本因坊道策(1649~1702)の出身地は石見で、たとえば地元で配られているこちらのパンフレットを見てもわかる通り、大いにその旨が喧伝されている。王将戦第5局で石見滞在中の折には、何度も道策の名を目にしたものだ。道策を生んだ邇摩郡馬路村の山崎家は、元は毛利の臣下である松浦家。こちらのページなどにも記されている通り、山崎家からは3世井上因碩(~1697)と10世井上因碩(1784~1829)をも輩出している。京や江戸から遠く離れた石見の地からこれらの俊英が現れたのは、銀山経営のため幕府が直轄の天領としており、棋譜などの情報が入りやすかったため、と解釈するのが自然であろうか。時間がなくて馬路には行けなかったのだが、もしまた石見の地を訪れることがあれば、足を延ばしてみたい。

  将棋の名人である伊藤宗看(1618-1694)の出身地は石見の隣り、出雲と伝えられている。昔少し文献をあたってみたことがある(将棋パイナップル:3世名人初代伊藤宗看)のだが、惜しいことに本因坊道策とは対照的に、詳しいことは何もわからない。囲碁界では道策や秀策など、江戸期の打ち手の技量が今でも高く評価されるのに対して、将棋界では初代宗看の棋譜や詰将棋を研究するのは、ごく一部のマニアのみ。先人や古典が尊ばれるか否かはゲーム性の違いも大いに関係するところであろうが、さびしい話ではある。

2008年3月13日

棋聖の里

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 本因坊秀策の墓は因島の外浦町、地蔵院にある。

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訪れたのは1月始めの午後遅くで、境内のススキが美しかった。

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ダーリン・ミシン

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この部屋の中 君はミシンを踏んでいる

とても素敵なミシンを持ってる君は ミシンを踏んでいる

君の涙が 苦しんだ事が
卒業してしまった 学校のような気がする夜
君はミシンを踏んでいる

(忌野清志郎)

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駒込生活

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 3月13日(木)

 昼、「シンパンツェ」という、最近近所にできた生パスタの店に。ベーコンとしめじのクリームスープパスタを頼むも、鼻が効かないため、味がよくわからず。

 午後、事務所に少しだけ顔を出し、ヨーグルトを買って帰宅。確定申告にともない書類の整理と部屋の掃除をはじめ、少しきれいになったのに満足して終了。気がつくともう夕方か。

合掌

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花の季節

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 3月11日(火)

 C級1組最終局。阿久津六段と豊川六段が8勝2敗で昇級。次点は同星ながら順位下位の安用寺五段。降級点をめぐる争いも大変なドラマだった。
 午前2時過ぎに将棋会館を出て、安用寺五段、片上五段、上地さん、銀杏記者とともに近所のイタリア料理店に行き打ち上げ。4時過ぎに解散。

 3月12日(水)

 くしゃみと鼻水が止まらず、目がかゆい。これはどうも花粉症デビューか。将棋会館を出て、少し仕事を片付けて帰ろうとジェイ・クックに行く。アイスコーヒーを飲みながら、敦子さんと花粉症談義。諸先輩のアドバイス、大変参考になります。ジェイ・クックはちょうどランチの時間。たまたま升田幸三元名人の次男と同じ職場だったという方とお会いした。鷺宮の升田邸まで遊びに行ったこともあるそうで、驚いた。
 午後、駒込に戻り、さつき通りの薬局で目薬を買う。LPSA事務所に少し顔を出した後、家に帰って熟睡。目を開けてられないので、電話がかかってきて起きる以外にはずっと寝続け、今起きてみると午前3時だった。

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2008年3月11日

漁村の朝

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蓋井島灯台

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 島の灯台は人家から離れた山の上にあり、昔は灯台守がいて、宿舎があった。敷地の中には入ることができ、子供の頃にはよく遊びに行った。今では無人化され、リースのような有刺鉄線。住んでいる人は誰もいない。

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エミューのひな


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パヤパヤ

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Oh oh oh yeah 今日もまた 踊れ 騒げ パヤパヤ
時計の針は今日も 僕を好き勝手に動かす パヤパヤ

Oh oh oh yeah 歪みきった時間の中へ パヤパヤ
今の僕には 朝の目覚ましも 届くはずない パヤパヤ

鏡の中に見る 無限広がる宇宙の様な パヤパヤ
素敵な時を見る 時を見る パッパラー

(LÄ-PPISCH)

2008年3月10日

今日も遅番

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 3月10日(火)

 徹夜明けの朝、図巧1番再考。最初の細部は忘れていたが、主題は忘れようがない。最後まで読みきった後、事務所の冷蔵庫で冷やされているプレミアムモルツを2本空ける。
 昼、雨が降る中熟睡。用事で埼玉に行き、東京に戻るはずが、気がつくと逆方向の栃木に行ってしまう夢を見て、夕方目が覚めた。
 夜、閉店前のクリーニング屋に行き、明日着ていくスーツを引き取る。その足で事務所に行き、三段リーグの結果などを確認。今からマンデーレッスンの打ち上げに顔を出そうかというところです。

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ワルボロ

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 3月9日(日)

 昨日立川に行った帰り道、駅前のオリオン書房にてゲッツ板谷『ワルボロ』(幻冬舎文庫)を買った。これが直木賞クラスではないかと思うぐらいに面白く、あっという間に読み終わった。機会があれば、実写版も見てみたい。

 ところで自分は周りから、若くして亡くなった叔父の話を聞かされて育った。その武勇伝は小説になるのではないかと思うほどに凄まじい。『ワルボロ』で立川の朝鮮中学の話が出てくるように、叔父は小倉の朝鮮高校に一人で乗り込んでいったというのだから無茶苦茶すぎる。もし自分が1970年前後の下関の話を書くとすれば、松田優作もいいけれど、この一度も会ったことのなかった叔父を主人公にしてみたいと思う。

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スローバラード

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昨日はクルマの中で寝た あの娘と手をつないで
市営グランドの駐車場 二人で毛布にくるまって

カーラジオからスローバラード 夜露が窓をつつんで
悪い予感のかけらもないさ

(忌野清志郎)

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2008年3月 9日

食べんさい食べんさい

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 3月8日(土)

 夜、松尾家に。またもや上川さんの実家から、スーパーでも開けそうなほどの食材が送られてきていた。島から直送の大きなタイとか何匹もいるし。上川さんは昨夜日付が変わる頃、どこかからカレーのいいにおいがしたので、自分でも作り始めたという。なんというDNA。最後は豪快にホールの3分の1ほどにカットされたバームクーヘンを出してもらい、上川さんの後ろからお母さんが「食べんさい食べんさい」と言ってる気がした。ダンナと昨日の順位戦や四方山話をして、終電前に帰宅。どうもごちそうさまでした。

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多摩川夕景

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 3月8日(土)

 前日からなぜかハイテンションで、徹夜でいろいろとPC作業。
 12時前、D君が事務所に来て、キッズスクールの準備でまた出て行った後、自分も自宅に戻る。風呂に入って、そのまま3時間ほど熟睡。
 夕方、中央線に乗って立川に。モノレールに乗り換え、柴崎体育館前で降りて、昔何度かドライブで通ったことがある日野橋まで歩く。河川敷に下りると、ちょうど立日橋の向こうに陽が沈むところだった。

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カローラに乗って

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僕の想像の中ではとても 優しい君なのに
本当はいじわるばかり なんだか悲しくなるな

日野橋を渡るときに 君を揺り起こしてあげる
多摩ニュータウンが見える 僕の友達が住んでた

(真島昌利)

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2008年3月 8日

B級2組最終戦

 夜、ネットで戦況をチェックした後、将棋会館に。昇級候補の屋敷九段、山崎七段、土佐七段は総じて苦戦の様子。その中で▲中村修九段(6-3、10位)-△山崎七段(7-2、7位)戦は、山崎七段の劇的な逆転勝ちだった。さてその一局を並べたある棋士は、納得しかねるという様子。「これはないよ……。こんな将棋を勝って上がるなんて……。山崎君は昇級を辞退するべきだ。今期は昇級ゼロにしよう。その代わり来期4人でどうだ」。キャリーオーバーを提案して、控え室は大笑いとなった。
 自分が担当した一局では、8回戦の山崎七段-飯塚六段戦が印象深い。総手数191手。もう終わりだろうというところから形勢が何転したかわらかない、深夜の激闘だった。

 ▲佐藤秀司六段(5-4)-△屋敷九段(7-2、4位)戦は屋敷九段の負け。ただしその前に▲土佐七段(7-2、17位)-△松尾七段(6-3、20位)戦が終わり、土佐七段が敗れていたため、屋敷九段の昇級が決まっていた。実力伯仲のこのクラスではしばしば昇級ラインが下がり、7勝3敗で通過ということがある。屋敷九段はC級1組時代に常に好成績を収めながらも、終盤で不運に見舞われたケースが多いかった。今回はその逆のパターンとなったか。

 さて今期順位戦も残すところ、C級1組とB級1組の2クラスのみ。自分は来週11日(火)、C級1組を担当します。