2007年12月31日
2007年12月30日
街から街へと
12月28日(金)
そもそも四日市に行くと決めるまでは、バスに乗って高知に行くつもりだった。高知のガイドブックはとりあえず鞄に入れてきたが、四日市から高知まで、どう行くのが効率いいのかわからない。四日市も大雨だったが、年末は日本全国不安定な天気と知り、とりあえず東京に戻ることにする。23時頃、名古屋から高速バスに乗る。
12月29日(土)
午前1時前、三ケ日のJRバス営業所で休憩。名物の青島みかん缶ジュースを飲もうとするも、自動販売機に張られた紙には完売と書いてる。来年3月にまた販売再開だそうだ。DSでエッグラとチキーラを何度も倒しているうちに眠くなり、熟睡。「街から街へと、夜から朝へと」という古い歌が頭の中で流れ、気づくと朝6時前の足柄サービスエリア。本来ならば東京に着いている時間で、渋滞に巻き込まれていたという。休憩時間が30分あったので、かねて入りたいと思っていた温泉に入ろうかと思ったのだが、中で寝てしまうとまずいので断念。
東京に戻って駒込のLPSA事務所に寄り、自宅に帰って熟睡した。
学生王座戦
12月28日(金)
学生王座戦最終日。行こうかどうしようか迷っていたが、栃木のイナズマこと立命館OBの君島さんに「そんなの行くのは当たり前」という姿勢を見せられたのと、ありがたいことにさるスポンサー筋から依頼があり、半ば仕事となったので迷うところがなくなった。新幹線と近鉄を乗り継いで四日市まで行き、雨の中会場に着いた頃にはちょうどラス前の8回戦が始まる頃だった。来た以上は中継屋らしく、レポートのひとつでもしないと落ち着かない。詳しくはこちら「将棋パイナップル」をご覧ください。
最終9回戦は優勝をかけた東大-立命館の千秋楽決戦。時代は変わろうとも学生大会団体戦で感じられる情念のようなものは、そうは変わらない。負けてしまった後、控え室の隅でうずくまり、動かなくなってしまった東大の選手がいた。
何と声をかけていいのかは、わからない。試合はその後両チーム3勝3敗となり、最後に残った大将戦で決まることになった。
東大・高橋君、立命館・和井田君は大将でもあり、チームの主将でもある。自分の現役時も含め、長い間学生の団体戦を見てきたが、こうした展開はちょっと記憶にない。人が多すぎて、盤面まで見ることはできない。
控え室でレポートをアップしながら待っていると、やがて声にもならないどよめきが聞こえ、人垣が動き始めたのがわかる。あわててカメラを持って見に行く。長い沈黙。誰かに結果を聞いたわけではない。しかしどちらが勝ったのかはすぐにわかった。勝者、敗者ともに涙ぐんでいるシーンは、はじめて見た気がする。学生将棋史に残る名勝負。本当にいいものを見せてもらいました。ありがとう。
2007年12月27日
Change The World
I would be the sunlight in your universe
You will think my love was really something good
Baby if I could change the world
(Eric Clapton)
中継連投
12月25日(火)
マイナビ女子オープン1回戦中継。終了後、外苑西通りの「喜々」で肉そばと餃子の夕食。その後ジェイ・クックにコーヒーを飲みにいく。M画伯やキャサリンと会った。
12月26日(水)
マイナビ女子オープン1回戦中継。連投が終わって、今年の仕事もほぼ終了。対局を終えた石橋さん、大庭美樹さんたちと近所のアリスガーデンに行く。ワインのボトルが2本空いた。ごちそうさまでした。
2007年12月25日
坊っちゃん団子
…四日目の晩に住田と云う所へ行って団子を食った。この住田と云う所は温泉のある町で城下から汽車だと十分ばかり、歩いて三十分で行かれる、料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊廓がある。おれのはいった団子屋は遊廓の入口にあって、大変うまいという評判だから、温泉に行った帰りがけにちょっと食ってみた。今度は生徒にも逢わなかったから、誰も知るまいと思って、翌日学校へ行って、一時間目の教場へはいると団子二皿七銭と書いてある。実際おれは二皿食って七銭払った。どうも厄介な奴等だ。二時間目にもきっと何かあると思うと遊廓の団子旨い旨いと書いてある。あきれ返った奴等だ。…
(夏目漱石「坊っちゃん」)
2007年12月24日
クリスマスイブ
12月24日(月)
前日のLPSAクリスマスイベントは大盛況。打ち上げのビールがうまかった。そこで燃え尽きたか、自宅に帰って風呂までわかすも、入らぬまま深い眠りに落ちる。
今日は午前に起き、風呂をわかしなおして入り、そこでまた2時間半ほど熟睡。上がってからまた布団に倒れて爆睡。結局活動を始めたのは、日も暮れてからだった。
夜、将棋会館にて明日のマイナビ中継の設営。その後ジェイ・クックに。この店は普段月曜は定休日なのだが、年末は開いているのが恒例。あまりの人の多さに席はあるだろうかと思いながら20時半頃店に入ると、敏腕編集者・SDよしこさんしかいないので笑った。その後で星野ルンルンさんが合流。中尾夫妻も入れてまったくいつものメンバーで、まったくクリスマスイブらしくないところが、この店らしくていいと思った。
日々の名言
・善戦者不怒
・When angry, count to ten. When very angry, a hundred.
・好きの反対は、嫌いじゃなくて無関心。
・こんなにいつも美人に囲まれているのに、何が不満なわけ?
・ゴキブリが出たから帰ってきて。
・別れたら次の人。
・トラブルなくしてスキルアップなし。
・寝る手に悪手なし。
・鶏口となるも、牛後となるなかれ。
・人生は短く、詰将棋は難しい。
・この世には2種類の人間しかいない。みゆきさまとそれ以外。
2007年12月23日
Country Roads
The radio reminds me of my home far away
And driving down the road I get the feeling
That I should have been home yesterday, yesterday
Country roads, take me home to the place I belong
(John Denver)
2007年12月22日
When a man loves a woman
When a man loves a woman
Can't keep his mind on nothing else
He'll trade the world
For the good thing he's found
He'd give up all his comfort
Sleep out in the rain
If she said that's the way it ought to be
(Percy Sledge)
クリスマスの前に
12月20日(木)
午後、LPSAクリスマスイベントで配るクッキー作りの撮影。
夜、将棋会館にて翌日の中継の設営。
深夜、A級順位戦・羽生二冠-久保八段戦を観戦。羽生二冠が勝って公式戦通算1000勝を達成。
12月21日(金)
マイナビ女子オープン1回戦、石橋女流王位-斎田女流四段戦中継。結果は斎田女流四段の勝ち。最初から最後まで、見応えのある一局だった。
終了後、一人ジェイ・クックにてビールで打ち上げ。先日ジェイ・クックを訪れた母が島に帰った後、エミューの肉や卵、魚などを送ってきたとのこと。ところで翌日朝、テレビ朝日系の番組にて蓋井島が紹介されると母から聞いたのだが、いま番組のページ(いきいき!夢キラリ)を見ると、どうも1月12日(土)6:00~6:30のようだ。
今年のクリスマスイブに入っている予定は、翌日のマイナビ中継の設営のみ。夜は定休日の月曜でも営業しているジェイ・クックで、SDよしこさんたちと過ごすことになりそうだ。例年クリスマスのディスプレイなど一切なしの店なのだが、今年はなぜかマジックスノーマンがひっそりと飾ってあった。ジェイ・クックの地図はこちら(http://j-cook.jp/)です。
将棋会館に戻った後、順位戦中継のスタッフにお先に失礼し、機材を抱え、タクシーに乗って駒込に帰宅。いま一息ついて、これからまた順位戦中継を見るところです。
2007年12月21日
年末進行
12月21日(金)
徹夜で仕事中です。これから1週間、ほとんど寝る暇もない日々が予想されます。それが終わったらまた、どこかに写真を撮りに行きたいなと。
2007年12月19日
2007年12月18日
2007年12月15日
股旅
2007年12月14日
都会の冬
ところで戸辺四段に教えてもらった、こちら「日本の原風景」。素晴らしい風景と、素晴らしい写真ですね。
2007年12月11日
2007年12月10日
2007年12月 9日
半醒半睡日誌
11月28日(水)
マイナビ女子オープン1回戦・矢内女流名人-上田女流初段戦中継。
終了後、桜木記者とジェイ・クックにて打ち上げ。
29日(木)
夜、東京に来ていた母とジェイ・クックにて食事。
30日(金)
夜、石橋さんとお母さん、イラストレーターのKさんと浅草橋の「洋食・大吉」にて会食。ごちそうさまでした。
12月1日(土)
PDGを聴いているうちに駒込の「とんき」に行きたくなり、夜、ロースカツ定食。
2日(日)
誕生日。多くの方からメッセージをいただく。ありがとうございました。
衝動的に旅に出たくなり、マグロ大会から帰った後、萩・石見空港行きのチケットを取る。
3日(月)
津和野散策。現地で宿を撮るのがどうも面倒そうなので、山口線に乗って湯田温泉まで。知人のKさんから連絡をもらい、男一人冬枯れツアーの様相が一変。車で山口市内をガイドしてもらう。その後一緒に店を2軒。別れて宿に戻るとすぐ、日中の歩き疲れと夜のアルコールで熟睡した。
4日(火)
遅く起きた上に、東京から抱えてきた仕事がいくつかあり、宿を出る頃にはすでに夕方。高田公園の写真を撮り、地元銘菓・豆子郎と地元限定・夏みかんチューハイを買ってまた宿に戻る。脳内にアルコールを染ませた後、Kさんとその友達・Mさんと夕食。二次会のバーを出たのは深夜2時前だった。
5日(水)
ちょうど会社が休みというMさんの車に乗せてもらい、長門峡に。本当に助かりました。市内に戻った後、地元の名店「中ちゃん」に。Kさんと合流して、ふぐの刺身などをいただく。時間的にはもう一晩泊まる余裕もあったのだが、バスにて東京に帰ることにする。Kさん、Mさん、本当にお世話になりました。19時頃、山口市内を発つ。
6日(木)
朝6時頃、足柄サービスエリアで休憩。8時過ぎに東京駅着。これとほぼ同じ行程の後、公式戦に臨んでいる里見さんは強すぎる。三十過ぎのおじさんは自宅に帰って爆睡。
夜、将棋会館にてマイナビ中継の設営。ライブ画像配信ありの中継はこの事前設営が大変で、体感的には5倍ぐらい疲れる。
7日(金)
マイナビ女子オープン1回戦・甲斐女流二段-貞升女流1級戦を中継。
終了後、機材を神宮前の銀杏記者宅まで台車に載せて運んだ後、ジェイ・クックにて打ち上げ。
8日(土)
1泊2日で旅行に出ると宣言していたものの、前日の疲れから体が動かない。上川さんからの電話で起きたのが14時頃。洗濯をすませて外に出るともう夕方。
夜、東野夫妻邸にて、三浦三崎でとれたマグロがメインディッシュのパーティー。ごちそうさまでした。食事の後はこれまでの人生ですでに何局指したかわからない堀井さんや上川さんと10秒将棋。いくつ歳を重ねても、将棋だけは飽きない。
2007年12月 7日
2007年12月 6日
寒青
「冬の長門峡」という中原中也の詩がある。中学時にはじめて詩集を買って以来、冬になると決まって「寒い寒い日なりき」という一節が頭の中でリフレインする。もっとも山口県内に生まれ育ちながら、今まで長門峡を訪れたことはなかった。今回の遠出は、中也の詩に曳かれての旅である。長門峡では1000枚以上の写真を撮ったが、紅葉のシーズンはすでに過ぎ、空の青、水の青さが目に残った。
2007年12月 5日
2007年12月 4日
たどりついたらいつも雨降り
12月3日(月)
相変わらず衝動的に始まる私の旅は、ノープラン・ノーリサーチが基本。萩・石見空港から津和野への直行バスが廃止されていたが、これぐらいではあまり動揺はしない。とりあえずはバスで益田駅前まで行く。着いたら9時半頃。大雨が降っていた。山口線の電車は前に8時40分に出て、次は11時14分という。とりあえずは喫茶店に腰をおろしてホットサンドを注文し、パソコンを広げる。駅前でeモバイルがつながらなかったのはこの地がはじめて。高い月額料金を払いながらも、PHSを維持していた甲斐があった。東京から持ってきた仕事をいくつ