2007年6月30日

A級八段

070630_kimura.jpg

 6月30日(土)

 東京に戻り、自宅に戻って熟睡。気づくともう午後遅くで、あわてて起きる。
 夕方、木村八段の祝賀会に。今日はプロジェクタ操作係として木村-行方・目隠し20秒将棋の模様を伝える。結果は行方八段が空気を読まず、逆転勝ちしていた。
 木村さん、改めてA級昇級、八段昇段おめでとうございます。木村さんの人徳ゆえか、大変素晴らしい会でした。

070630_8dan.jpg

Blue Light Til Dawn

070629_dawn_1.jpg

 月を撮りに行こうと思ったら、すぐに黒い雲で隠れてしまった。
 明け方に眠り、いまあわてて起きた。機材を撤収して、東京に戻ります。

070629_dawn_2.jpg

18世名人誕生

070629_moon_1.jpg

 6月29日(金)

 名人戦第7局2日目。最終盤でどちらが勝っているのかわからない状況には、仕事を忘れて震えがきた。この第7局は終始テンション高めで自分の担当をこなせたと思う。大逆転となった第6局の再現もあるかと思われたが、最後は森内名人の勝ち。名人位通算5期で18世名人の資格を獲得した。歴史的意義のある場に立会い、自分の中でも一区切りついた気分になった。

 今晩は渥美湾の上に月が出ていて、銀波荘からもよく見える。外まで撮りに行く一手かとも思うのだが、すでにビールが入って、砂浜を歩くのが心もとない。

070629_moon_2.jpg

2007年6月29日

twilight blue

070627_sunset_4.jpg

 6月28日(木)

 名人戦第7局1日目。詳しくは名人戦棋譜速報にてどうぞ。明日はいよいよ第65期名人戦最終日。

 先ほど1時頃娯楽室に行ったら、当然ながら誰もいなかった。自分は比較的アルコールは強い方だと思うのだが、一人でビールを飲むとすぐに酔うのはどうしてですかね。

070628_sunset.jpg

2007年6月28日

ブログ移転

070628_upst.jpg

 前サーバの容量が写真でいっぱいとなったため、移転しました。これを機にスキルアップも兼ね、Movable Type 4に移行しようかとも思いβ版をインストールしたのだが、エラーメッセージが出まくって断念。下は幻のVer.4デフォルトデザインです。

070623_mtblog.gif

銀波荘再訪

070627_moon_2.jpg

 6月27日(水)

 名人戦第7局移動日。昨年の名人戦第4局に続いて、蒲郡の銀波荘へ。電車に乗るか、写真を撮るか、PCの前に座っているか、眠っているかという日々。

070627_moon_1.jpg

2007年6月26日

act local

070623_ryotan_3.jpg

 6月26日(火)

 午前、恵比寿の東京都写真美術館に。水越武写真展、世界報道写真展2007と回る。プロは情熱の赴くまま、この世の果てまで行くのだな、と思う。アマの私は歩けば届く、そのあたりの風景を撮り続ける。写真は彦根の龍潭寺です。
 午後、家に帰って熟睡。
 夜、仕事の催促の電話で目が覚めた。

070623_ajisai.jpg

夏の風景

070623_ryotan_2.jpg

 6月26日(火)

 前日夜からLPSA事務所にて一晩を明かす。
 朝、暑くなってきたのでクーラーを入れる。
 写真は彦根の龍潭寺。暑い夏の中、何度も繰り返し訪れる風景に見えた。

070623_ryotan_1.jpg

2007年6月25日

営業開始

070621_biwako_4.jpg

 6月25日(月)

 午後、人と会う約束が流れた後、何か冷たいものはと冷蔵庫をのぞくと、スミノフしかなかった。本ブログのサーバは500Mの容量があるのだが、こうした1枚約1Mの写真をあげつづけてきた結果、気がついたら残り約20Mになっていた。よって他にレンタルサーバを借りてドメインを取って……と考えていたらスミノフがきれいに効いてきて、途端に眠くなった。

 夜、起きたらこの時間である。今から出かけてきます。

070621_biwako_3.jpg

2007年6月24日

帰京

070622_hikone_7.jpg

 大雨のため、関ヶ原再訪は中止。吉川、小早川両陣はまた他日。
 昼前、特に工夫もなく名古屋からのぞみに乗り、東京に戻る。
 午後、浜松町。駅を出ると、小雨が降っていた。社団戦1日目会場にてLPSAのブースに顔を出し、写真を撮って早めに失礼。
 夕方、ジェイ・クックにて旅先の話など。
 夜、家に帰り、横になる。気がついたら灯りをつけたまま熟睡していた。

070622_hikone_6.jpg

旅の終わり

070622_ajisai.jpg

彦根に続き、大垣でも雨。
そろそろ東京に戻る頃か。

070622_hikone_5.jpg

2007年6月23日

彦根清涼寺

070623_seiryo_2.jpg

 史跡を回っていれば、自然と因縁めいた場所にも多く立ち寄る。関ヶ原に限らず古戦場周辺は、怪奇譚が山のように残されているものだ。たとえば今日訪れた清涼寺には、佐和山城の悲劇にまつわる伝説が残っている。詳しくはこちら「おそろしい血の池」などをご覧ください。私は比較的気にせずに写真を撮りまわる方だと思うのだが、小早川秀秋に対する印象はまたしても悪くなった。
 境内には珍しい実をつけていた大木があり、写真を数十枚撮った。後で聞けば、これが話に出てくるタブの木だった。

070623_seiryo_1.jpg

大垣グルメ探訪

070623_mizumanjyu.jpg

 風呂に入ってさっぱりしました。今日もよく歩いた。じゃあビールでもといきたいところだが、連日歩く以上に飲み食いしているので自粛。
 大垣は水まんじゅうが有名で、大垣城跡に上った後、商店街の店先で頼んでみた。
 チーズケーキは偶然通りかかった、水門川沿いのスーゴカフェにて。

070623_cc.jpg

大垣泊

070623_sawayama_1.jpg

 6月23日(土)

 佐和山城跡まで上った後、彦根を発つ。
 東海道線に乗り、関ヶ原、垂井をスルーして、今日は大垣に泊まります。

070623_ogaki_1.jpg

雨の彦根城

070622_hikone_3.jpg

 6月23日(土)

 昨日とはうって変わり、今朝の彦根は快晴。とりあえずは佐和山に上った後、彦根を発つ予定です。
 彦根城天守閣も青空を背景に撮り直せば違う趣であろうが、命あらばまた他日。

070622_hikone_4.jpg

雨の玄宮園

070622_genkyu_1.jpg

 旅先ではよく、雨の中で写真を撮っている気がする。
 それも薄暗い、夕方が多い。

070622_genkyu_2.jpg

 彦根城の玄宮園は、閉まる直前に立ち寄った。
 雨の日には雨の日にしか撮れない風景もあろうと言い聞かせながら、何度もレンズの水滴をぬぐった。

070622_genkyu_3.jpg

彦根グルメ探訪

070622_parfait.jpg

 上は茶房京橋の白玉パフェ。
 下はラーメン本気のちゃんぽん。前日は駅前のちゃんぽん亭をかべに行った。ガイドブックを見て知ったが、彦根は和風ちゃんぽんのレベルが高いようだ。

0706022_champon.jpg

 と、順位戦中継を見ながら他愛ないことを書いてるうちに、千日手指し直し局まで終わった。

フォトログ指向

070621_ajisai_1.jpg

 関ヶ原一帯は少し奥の山中に入ればほの暗いが、盆地は明るい花であふれている感じがした。上は石田三成、島左近らが陣を引いた笹尾山中で、下は北天満山の小西行長陣から下ったあたりで撮りました。

070621_hana_1.jpg

 ところで今頃気づいたが、googleのイメージ検索で「松本博文ブログ」と入力すると、こうなる。ちょっとしたフォトログ風で、Movable Typeにこうしたテンプレがあるといいな、と思う。またはRikologみたいな感じ。Movable Typeもバージョンアップされたので、これを機に自分でいじってみればいいのにね(誰に言ってるんだか)。

2007年6月22日

しまさこにゃん

070622_sakonyan.jpg

 すっかりひこにゃんに覆い尽くされた感のある彦根の町だが、キャッスルロードを歩いていると、亜種のしまさこにゃんを発見した。明日は雨さえ降っていなければ、左近ゆかりの清涼寺や佐和山を訪れたい。

070621_dai1.jpg

夜の彦根城

070622_hikone_1.jpg

 雨に降られ、傘をさしながらの撮影。
 例によって三脚は携帯していないので、灯篭の上にカメラを固定してみた。

070622_hikone_2.jpg

彦根2日目

070621_naosuke.jpg

午後になっても雨は止まず。
あまり動く気がしないのだが、とりあえず昨日入れなかった彦根城に行ってきます。

070621_hikone_1.jpg

晴行雨読

070621_biwako_2.jpg

 6月22日(金)

 昨日から彦根滞在中。夕方から夜にかけて、彦根城の回りを大きく一周ながら、琵琶湖の写真などを撮ってきた。
 今日は今津か長浜か、と思いきや大雨。日本地図を見て、晴れているところまで移動しようと思ったのだが、どこも傘のマーク。旅の宿にて終日デスクワークとします。

070621_biwako_1.jpg

2007年6月21日

関ヶ原着

070621_sekigahara_1.jpg

 JR岐阜駅で東海道線に乗り換え、関ヶ原駅で降りたのが8時半頃。往時井伊直政が抜け駆けをして戦いが始まったのは、8時頃だったとか。
 ここで重大なトラップがひとつ。関ヶ原駅周辺にはコインロッカーがない。重き荷を背おうてゆくがごとき人は気をつけましょう。いまネットで検索し、同じショックを受けた人が多数に及ぶことを知る。9時に観光案内所が開いたので係の人に確認してみると、以前コインロッカーを置いていた店がなくなってしまったとのこと。気の毒に思ってくれたのか、預かってくれるというので好意に甘える。
 歩き始めてしばらくして、東首塚に着いたあたりで、なぜか急に腹が痛くなる。石田三成は合戦当日腹を壊していたそうだが、その体験もできるのかとポジティブシンキングで写真を撮っていると、ほどなくして治った。

070621_sekigahara_2.jpg

岐阜行き

070621_nagoya.jpg

 6月21日(木)

 今住んでいる部屋は、引越しするまで片付けないことに決めた。そうしてしばらくして。引越しがいつになるのか見当がつかないので、その前に旅に出たくなった。行き先はどこでもいいのだが、とりあえずまだ行ったことのない関ヶ原を目指す。前日夜、丸ビルのバーでアルコールを摂取した後、高速バスに乗って東京を発つ。翌朝名古屋市内にて、暑い一日を予感させるまぶしい朝日に目を細める。岐阜に着いたのは7時過ぎ。ドーナツ屋の熱いコーヒーで目が覚めた。

070621_coffee.jpg

2007年6月15日

消灯時間

070101_bay_1_.jpg

 6月14日(木)

 名人戦第6局1日目。例によって詳しい模様は、名人戦棋譜速報をご覧ください。
 夕方、1日目の日程が終了した後、夕食まで少し時間があったので風呂に入る。そこで熟睡してしまい、気がついたら1時間ほど過ぎていた。
 夜、控え室にてくるりのワンダーフォーゲルなどを聴きながら、行方さんたちと四方山話。
 深夜、部屋に戻ってからスイッチが入り、ハイになって課題をこなしているうちにこの時間となった。夜が明ければ、18世名人が誕生するか、それとも最終第7局にもつれこむかという一日。少しでも寝ておくべきでしょうから、もう寝ます。おやすみなさい。

070101_bay_2.jpg

2007年6月13日

上野の休日

070610_ajisai_1.jpg

 6月10日(日)

 雨が降り止んだ後、ダ・ヴィンチ展がそろそろ終わりなのを思い出す。鶯谷駅から寛永寺の前を通り、上野の東京国立博物館へ。着いたのは17時頃。閉館までの1時間半で知の巨人の足跡を丹念にたどれるべくもないが、もとよりそれだけの素養がないのと、入場者が多すぎて展示に近寄れないのとで、駆け足での移動。「受胎告知」前の人だかりを抜け出して来たときには、まだ18時にもなっていなかった。

070610_shinobazu_3.jpg

名人戦第6局移動日

070613_hachinohe.jpg

 6月13日(水)

 東京駅から東北新幹線に乗って、青森の八戸へ。挑戦者の郷田九段と副立会人の行方八段が遅刻というハプニングがあった。明日からの模様は、名人戦棋譜速報をご覧ください。

2007年6月11日

雨上がりの夕空

070610_crowdy_1.jpg

070610_crowdy_2.jpg

黄昏

070610_shinobazu_1.jpg

渋つた仄暗い池の面で、
寄り合った蓮の葉が揺れる。
蓮の葉は、図太いので
こそこそとしか音をたてない。

070610_shinobazu_2.jpg

音を立てると私の心が揺れる、
目が薄明るい地平線を逐ふ・・・・・・
黒々と山がのぞきかかるばつかりだ
――失はれたものはかへつて来ない。

(中原中也、黄昏)

雨上がりの路傍

070610_waterhole.jpg

2007年6月10日

雨上がりの午後

070610_hd_1.jpg

 6月10日(日)

 NHK将棋講座の詰将棋がすぐに解け、上々の日曜日が始まるかと思われたが、ほどなくして外は土砂降り。昼食に出る気が起こらず、活動ストップ。NHK杯が終わる頃にまた寝込む。起きると15時前。雨は上がっていて、外に出ると原宿団地の緑が輝いて見えた。

070610_hd_2.jpg

2007年6月 9日

Sunrise

070601_sunrise_1.jpg

 6月9日(土)

 午後、白瀧あゆみ杯の大盤解説を冒頭だけ拝見。どういう理由なのかは知らないが、今年から「U-20」のしばりがなくなったようですね。

 家に帰って写真の整理をしようと思い、外付ハードディスクをのぞきこむ。ファイル数を調べると約7万で、すぐにやる気が失せた。ノラ・ジョーンズの「Sunrise」と「Don't Know Why」をかわるがわるに聴きながら昼寝をしていると、いつものように中井さんと石橋さんが夢の中に出てきて、仕事の催促をされ目が覚めた。

070601_sunrise_2.jpg

朝日アマ三番勝負

070602_kofu.jpg

 6月2日(土)

 朝日アマ三番勝負第1局。中継係として甲府に。関係者の皆さま、大変お世話になりました。甲府盆地の夕暮を眺めながら、豪華な夕食をいただいた。

 6月3日(日)

 最後まで仕事を全うしたい気持ちは山々なのだが、新宿でのLPSAイベントのため、第2局のはじめで失礼する。入れ替わりで君島君にバトンタッチ。加藤幸男朝日アマ名人が山田洋次挑戦者を降し、2連勝で防衛。

2007年6月 8日

順位戦開幕

070601_pool.jpg

 6月1日(金)

 伊豆から東京に帰った後、B級1組開幕戦を見学。2003年に始まった順位戦中継も、皆さまのおかげで5年目に入った。共催に関連してこの日からは新ドメインhttp://www.meijinsen.jp/に移行している。正直なところ、ここまで発展するとは思わなかった。関係者に冷笑されながら、来る日も来る日も朝から朝まで、ひとりで中継していた頃が夢のようである。23時頃失礼し、渡辺竜王-高橋九段戦の最終盤は自宅にてネット観戦。高橋九段が相矢倉の名局を制した。

2007年6月 7日

関ヶ原の選択

070607_ajisai.jpg

 関ヶ原はいまだ行ったことのない観光名所のひとつである。長州山口出身ゆえ、幼少時は関ヶ原の戦いといえば、自然と毛利家の観点に立っていた。必然的に、あまり愉快な気分にはならない。参加武将のダメランキングを作れば、小早川秀秋は横綱、吉川広家は大関クラスであろう。片や戦いのさなかで積極的に寝返り、片や消極的に内通して毛利本隊を動かさず、家康の勝利を決定づけた。

 秀吉筋から小早川家に入った秀秋は、2年後に急死して家を取り潰される。それはともかくとして、広家は家康に手の平を返され、毛利本家大減封という悲惨な運命を招いた。秀秋や広家のような判断がすべて失敗に通じるとは言い切れないが、子供心に受けるはずもなかった。

 歳を取って、ある程度は人間の弱さに寛容になったのだろう。権謀術数に長けた家康にしてやられ、敵にも味方にも侮蔑され、ただ千載に汚名を残したと思えば、哀れなだけだ。今度時間があれば関ヶ原を訪れ、松尾山では小早川秀秋、南宮山では吉川広家の気持ちをしのんでみたい。

MOA4Cafe de SHOGI

070603_all_1.jpg

 6月3日(日)

 午後から新宿駅東口のMOA4カフェにて、LPSAのイベント。天気もよく、おかげさまで大盛況。新法人は女流棋士、スタッフともにやる気あふれる実務派が揃った感じで頼もしい(私は仕事が遅くてすみません)。終了後、打ち上げのビールを我慢して、急いで写真レポートをアップした。

大島遠望

070601_ohshima.jpg

伊豆七島にはいまだに一度も渡ったことがない。
意識しないと、行く機会もなさそうだ。

まばゆき朝

070601_imaihama_2.jpg

徹夜明けの目に朝陽が染みます。
今から寝ます。おやすみなさい。

2007年6月 6日

流線型

070601_dolphin_1.jpg

 6月1日(金)

 今井浜から足を伸ばし、伊豆急終点の下田へ。時間に余裕がなく、あわただしく寝姿山に上って下り、ペリー艦隊来航記念碑まで歩く。そこで帰る予定だったのだが、美しい風景が続く和歌ノ浦遊歩道を通って下田海中水族館まで行き、イルカのショーを見た。

070601_dolphin_2.jpg

ファミスタの思い出

040822_koshien.jpg

 ファミリースタジアム、略してファミスタ。1986年に発売された野球ゲームの古典である。ファミコン名作ソフトの共通点はシンプルかつ奥が深いところで、数ある野球ソフトの中、初期ファミスタだけは何度プレイしても飽きなかった。実力がほぼ正確に反映される潔さと、負けたときの全人格を否定されたような虚しさは、一種将棋に通じるものを感じた。私の好きなチームはパ・リーグ鉄道系の名選手を集めたレイルウェイズで、それはずっと変わらない。大学に入って数々の手練と対戦した結果確信を得たのだが、経験上いちばん手強いのは、タイタンズの使い手である。3番ばあす、4番かけふ、5番おかだの爆発力が通には受けるのだろう。最終盤、バックスクリーン3連発をくらっての大逆転負けは、それこそ何度経験したかわからない。

 中学時の日曜日だったか。島に帰っていた私はE君とファミスタで対戦していた。E君は私より少し年上で、すでに一人前の漁師だった。ファミスタは経験の差があったのか、私の圧勝だった。記憶は次第に薄れてゆくが、そのときのE君の悔しそうな顔だけは、20年近く経った今でもよく覚えている。島に中学校はない。休みが終われば中学生は、対岸の町の小さな寮に戻る。それから少しして、私たちは寮で、E君が亡くなったことを知らされた。潜っていたとき、心臓麻痺を起こしたという。たぶん苦しくなかっただろうから。そう言って泣き崩れる人を見ながら、ついさっきまでE君とファミスタをしていたのが嘘のように思われた。

 先日久しぶりに、1年後輩のD君と連絡を取った。大学の寮ではファミスタ百番勝負をした仲で、彼もまたタイタンズの使い手だった。現在は研究者となり、九州に住んでいるという。今度会ったら久々に対戦したいものだ。できれば大学の寮で、と言いたいところだが、すでに取り壊されて今はない。九州までファミコンを抱えて持っていけば、まだ会ったことのない奥さんには、白い目で見られるだろうか。

2007年6月 5日

伊豆六月の朝

070601_tokyu_1.jpg

 5月31日(木)

 午後遅くからは大雨。夕食で外に出た以外は今井荘にこもりきりで、名人戦第5局観戦。森内名人が勝って3勝2敗。

 6月1日(金)

 日の出の時刻に合わせて、朝4時半に目が覚める。前日とは打って変わり快晴。今井浜を歩くと、遠くに伊豆大島がよく見えた。

070601_imaihama_1.jpg

2007年6月 2日

紫陽花

070601_ajisai.jpg

あかねさす昼はこちたしあぢさゐの
花のよひらに逢ひみてしがな
(古今和歌六帖 よみ人しらず)