2006年2月28日

白昼夢

 昨日は将棋会館を出た後、新宿の「近代将棋」編集部にて遠藤正樹アマ(関東)-久津弘行アマ(北海道)戦を観戦。関係者の皆さま、お疲れ様でした。

 今朝はNHK杯予選の瀬川四段-大平四段戦の撮影のため、将棋会館に。勝又五段が「これは谷川-屋敷だったかな」と言いながらデータベースで検索してみると、確かに十数年前の実戦例がヒットした。感服。

 昼、片上、北尾両氏とジェイ・クックで待ち合わせてランチ。2人が並んでいる写真を撮った。いくつかのメディアで使われるそうです。解散後の行き先は将棋会館、北尾邸、自宅の三択だったが、急に眠気が襲ってきたので、家に帰って昼寝をする。

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 起きたらすでに、日が暮れていた。写真は昨年度、順位戦中継が終わって将棋会館で寝込み、起き上がったときに見えた秋の夕暮です。

2006年2月27日

書道部にて

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ノーサイド

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 昨日の結果は既報の通り、東大5勝、NEC2勝で東大の勝ち。正直なところ驚きました。いまさら書くまでもないが、NECは元奨励会でアマ名人他数多くのタイトルを獲得した瀬川さんと長岡さん、学生棋界のスターであった早稲田の林君、明治の清水上君、立命館の加藤君らを並べたドリームチームである。大将戦のプロ対決、片上-瀬川戦はともかくとして、その他で4-2とは恐れ入るよりない。当日応援に来ていた、私よりさらに大OBの樋田さんに「このチームは歴代の東大の中でも強い方じゃないですか?」と言うと「うーん、そうかもな。わしらのときはリコーに手合違いで勝てなかったしね」。辛口の樋田さんが認めるぐらいだから、現役の皆さんは誇りにしていい。

 東大が前回王座戦で優勝したのは8年前。上から東野、久保本、杉原、堀井、今村、下山、松本、落合というメンバーだった。上6人では東野だけ学生個人タイトルがなかった。タイトルがない歴代最初の東大主将とからかわれていた東野は、卒業後にアマ竜王戦で優勝して借りを返した。当時の東大も、決して弱いチームではなかったと思う。ただし早稲田や京大、立命館も強かった。このシーズンの様々なことは、8年経ってもよく覚えている。さして棋歴もない私だが、王座戦通算17勝1敗の成績だけは、いささか誇りに思う。

 将棋もラグビーと同じで、長いシーズンは昨日の日本選手権で終わりである。学生将棋に携わる人間は、学生時代が終わるシーズンに一度はノーサイドの長いホイッスルを聞く。社会に出てからは、誰もが変わらぬ情熱を持って将棋に向き合えるわけではない。ラグビーの日本選手権はNECと東芝が6-6の引き分けで、両者優勝だったそうだ。ゆるやかな冬の日のたそがれ、枯れた芝生のにおいの秩父宮ラグビー場は私の寓居からは歩いてすぐ。これから将棋会館に向かう途中で、少しばかり立ち寄ってみたい。

2006年2月26日

全日本選手権

 全日本選手権取材のため、リコー大森会館に行く。私も学生時代、一度だけ出場させていただいたことがある。主催をされているリコーの皆さまには、改めて御礼を申し上げます。

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 写真は三将戦の加藤幸男(NEC)-山内一馬(東京大)戦より。棋才あふれる山内君の作戦は、筋違い角だった。

 今回はスペシャルマッチの瀬川晶司四段(NEC)-片上大輔四段(東京大)戦が組まれていたため、多くの報道陣が詰めかけていた。その大将戦を見てふと気づく。多くのギャラリーに囲まれてのプロ同士の対戦は、これまで見たことがなかった。

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2006年2月23日

めでたい話など

 今日は朝日オープン準決勝・郷田九段-三浦八段戦の中継。詳しくはasahi.comの将棋のページをご覧ください。郷田九段が鋭い寄せを見せて、挑戦者決定戦進出を決めた。

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 昼ごろ、連盟からのリリースで片上、北尾両氏の婚約発表を知る。写真は昨年6月、片上君が卒業したときに本郷の三四郎池で撮ったものです。先ほど北尾さんから、「このあとだいぶ痩せたんですよぅ」とクレームが来た。確かにその通り。また景色のいいところで撮らせてください。

 対局が早めに終わったあと、記者室にて人間VSボナンザの勝負の場が立ったので観戦。「週刊将棋」来週号(3月1日号)に掲載される加部康晴アマ-ボナンザ戦の観戦記を担当させていただいたのだが、その中で、10秒将棋におけるボナンザは奨励会二段半の実力があると書いた。何人もの棋士や奨励会員に意見を求めたところ、異論はほとんどない。それなりのPCで動くボナンザに何番も棒で勝てるのは、強い三段クラス以上だと思う。

 20時過ぎ、上野四段と近所の定食屋で夕食。その後家路に着き、21時頃ジェイ・クックに立ち寄る。あっちゃんによると、今日は戸辺君がかわいい女の子を2人連れてきていたそうだ。最近戸辺君が10秒将棋を指している後ろである女の子の話を始めると、動揺して明らかに手が乱れてくるのが微笑ましい。そうした人間の機微は、さすがのボナンザでもわからないだろう。

2006年2月22日

Windy

 明け方まで起きていて、ふと王将戦第5局1日目がおこなわれている箱根までハイキングに行こうかという気になる。なんだか咳が止まらないので断念。結局そのまま寝る。

 昼頃、PC受け取りのため2日続けて竹橋の毎日新聞へ行く。昼食も2日続けて赤坂飯店の担々麺。今日は晴れていて、パレスサイドビル屋上の眺めも昨日とは違ったものだった。メディア局の牧野さんのPCで、王将戦の途中経過を見せてもらう。佐藤棋聖の10手目△5四歩を見てのけぞった。

 19時頃、将棋会館に行く。王位戦リーグ1回戦の渡辺-中川戦はすでに感想戦も終わっていた。竜王戦4組2回戦の北浜-松本戦は遅い進行。記者室にて、下村龍正さんに渡辺-中川戦と王将戦本戦2回戦の矢内-甲斐戦を解説つきで並べてもらった。

 20時半頃、上京中の出原さんと待ち合わせ、村田智穂さんも誘って一緒にジェイ・クックに行く。出原さんの熱い語りを聞いているうちに、体温が上がっていくような気がした。咳こんでばかりで、失礼しました。

L'Écume des Jours

 朝、藤田家の一陽君より宅急便。ワインをいただきました。ありがとうございました。

 午前のひととき、週刊将棋の下村龍正さんの鋭いチェックを基にして、前日送った原稿の一部を書き直す。

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 昼、毎日新聞へ。写真は屋上から見た風景。堀にかかっているのは明治11年の「竹橋事件」にも名を残す、竹橋です。

 午後、名人戦棋譜速報担当のメディア局牧野さんと棋譜・記事他の無断転載問題について協議。その後はスタッフが集まって、新ページについての打ち合わせなど。

 午後遅く、NHK出版の小暮さんからゲラのファックスを送ってもらい、校正。

 夕方、将棋会館に移動。朝日オープンの今後の中継について村上さんと確認。この日は中継なし。控え室にて準々決勝・藤井-深浦戦の検討を見学。結果はasahi.comで既報の通り、藤井九段の勝ちだった。

 夜、ジェイ・クックにて食事。先日の日曜、吉永小百合さんが訪れていたとあっちゃんに聞く。ラグビー観戦でこちらに来ていたそうだ。

  帰宅後、すぐに寝つく。夢の終わりに「Take The A Train」が流れ、起きたらこの時間。ワインをあけようと思ったら、うちにはオープナーがないことに気づいた。

2006年2月21日

締切前後

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 しばらく前に三脚を買ったのだが、まだ一度も使っていない。写真は去年の今頃撮った、裏原宿の夕暮です。どうも最近、わざわざ何かを撮りにいこうという意欲が見られない。リクエストがあればお願いします。

 19日(日)は竜王邸にて桃鉄の続き。岩戸景気の際に2回ゴールし、一気に浮上した。代わりに竜王は読みに読んだフェブラリー・ステークスで3連単を的中させ、会心の勝利を収めていた。

 20日(月)は終日原稿書き。早めに終わらせておけば見に行けたはずの一大イベントは残念ながら見送り。自分のバカさ加減にあきれながら何とか原稿を終わらせ、夕方から将棋会館に行く。

 三段リーグ15、16回戦は稲葉、糸谷両三段が星を伸ばし、関西勢ワンツーフィニッシュの可能性が出てきた。終了後は渡辺竜王、三段陣3名、関係者4名の計8名で、ユーハイムにて夕食。いろいろと興味深い話が聞けて有意義だった。渡辺竜王は上位者が下位の後輩に序盤研究の質問をすることについて、口をきわめて批判をしていた。「これは絶対に書いておいてください。『質問三羽烏』にはもう負けません」。先輩をなで斬りにする辛辣な口調は何だか若き日の升田幸三のようで、危なっかしくもあり、また頼もしくも見えた。

2006年2月18日

棋界の美徳

 昨日は原稿の締切日。何とか書き上げ、ほっと一息をつく。夕方から将棋会館の控え室にて、大阪でおこなわれている朝日オープン準々決勝▲森下-△谷川戦をネット中継で観戦。戦形は意表の相振り飛車で、中盤でリードした谷川九段の勝ちとなった。その後、某強豪氏と戸辺三段との10秒将棋を観戦。どうも最近は戸辺君にお小遣いをあげ続けてばかりだ。

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 夜、田中寅彦九段に誘っていただき、新宿に行く。上の詰将棋(13手詰)は花園神社近くの焼き鳥屋の一隅に書かれていたものです。芹沢博文九段の思い出などいろいろな話をうかがい、勉強になった。ほとんど書けない話ばかりですけれどね。そうして改めて、1983年12月の連盟杯決勝・米長-田中戦、1984年2月の朝日決勝第3局・谷川-田中戦は棋史に残る名局と思った。

 焼き鳥屋を出た後は花園神社の境内を抜け、ゴールデン街の「一歩」へ移動。そこで私はB級2組最終戦のことについて尋ねてみた。6勝3敗で自力昇級の権利を持つ内藤九段と対戦するのは、4勝5敗で既に昇級、降級点、いずれも関係のない田中九段。「こんなレースになるとはねえ」と田中九段は苦笑していた。66歳の内藤九段が昇級すれば社会現象にもなるだろう。そうした事情は田中九段がいちばんよくわかっている。「でも負かしにいくのがこの世界の美徳なんですよね」と言うと、「そんなの当たり前だ。着物を着て全力で負かしにいきます」。グラスをにぎりしめて、きっぱりと田中九段は言った。それは遠い昔に読んだ、『対局日誌』の一シーンを見ているようだった。

2006年2月17日

日々締切

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大島から帰ってきました。本日午後までに原稿を仕上げます。

2006年2月16日

王将戦第4局

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 15日(水)は王将戦第4局の取材。前日はC級2組10回戦の中継で、家に帰って朝4時頃に寝る。東京駅6時の新幹線始発に乗るつもりだったのだが、起きたら5時50分だった。少ししてから烏氏よりモーニングコール。桜木さんと朝まで飲んでいてこれから帰るところらしい。大変うれしいのだが、もう1時間前に電話してもらえるとさらにうれしかった。外苑西通りの歩道橋を渡るとき、六本木ヒルズ方面に朝焼けが見えた。新幹線に乗ったのは7時13分だった。

 王将戦第4局対局地の周防大島を訪れたのは初めて。腕がいい人なら、きれいな写真が撮れそうなところ。曇り空だったのが少し残念で、夕方からは雨が降り出した。

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2006年2月14日

忙中ブログなし

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 家に帰ると寝るだけの日々です。

2006年2月10日

B1・B2、ラス前・前日

 午後、明日のB級1組12回戦とB級2組10回戦の準備。将棋会館に行き、明日の部屋割を確認する。ウェブカメラが増設されてからは、さらに中継がしやすくなった。その映像がそのまま流されれば、人手もかからずに助かるのだが。

 去年の2月9日、10日は王将戦第4局。私は桜木記者と一緒に熊本の玉名でおこなわれていた王将戦第4局の中継をしていた。相穴熊から「島ノート」でも紹介されているという羽生挑戦者の対策が図に当たり、森内王将の振り穴は端から殺到される形となった。終了時刻は2日目の12時13分。私が中継を担当した2日制のタイトル戦では、最速の記録である。羽生挑戦者が4連勝で王将復位を決めて、七番勝負は幕を閉じた。羽生新王将は現場に駆けつけていたファンのために、予定にはなかったトークショーを始めた。そのサービス精神はさすがというよりない。それが終わって記事を書き上げた後、桜木記者に後を託して宿を出る。日付が変わる前に東京に戻り、B級1組、B級2組のラス前の中継を手伝った。東京対局分が終了した後は、大阪から伝える▲島(4-6)-△阿部(6-4)戦を検討陣とともに見学。順位戦史に残るような、大逆転劇だった。

2006年2月 9日

中継スタッフ会議

 最近おこなわれたある対局。記録係に何かを語りかけていた対局者に対して、もう一方の対局者が「おめえ、うるせえよ!」と怒ったそうだ。同室の他の対局者や記録係に話を聞くと、異口同音に「本当にこわかったです」。取材する側からすれば、そうしたエピソードが多い方が面白いに決まっている。もっとも、自粛して書かないことがほとんどですけどね。

 「棋譜は後世に残る。だけどそれ以外のことは僕らが書かないと残らない」

 私の好きな水沢桂介記者の言葉です。

 8日(水)は16時から毎日新聞のビル5階にて「名人戦棋譜速報」(正式名称)の関係者が約10人ほど参加して、ページリニューアルに向けて約2時間ほどの打ち合わせ。新システムを作ってくださった皆さま、本当にお疲れさまでした。

 打ち合わせが終わった後、地下鉄の中で烏氏と女流名人位戦第3局を見に行くかどうかを検討。もう終わっていると寂しいからと解散したのだが、そうした判断は常に誤りとなる。急いで将棋会館に行けば、矢内女流名人誕生の瞬間を見ることができたのかも知れない。

C級1組10回戦

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 7日(火)は朝起きて将棋会館に。雪ですべらないようにと警戒して、革靴ではなくトレッキングシューズを履いて出かけたのだが、さほど積もってはいなかった。カメラを首から提げて歩くも、目をひく風景は見当たらず。写真は去年の3月、近所の海蔵寺で撮りました。

 C級1組全14局のうち、東京は6局で大阪は8局。珍しく東京の方が対局が少なかった。昇級争いに関係のある▲石川(6-2)-△山崎(8-0)戦、▲渡辺(7-1)-△長沼(5-3)戦も大阪。その分担当の翔記者は大変である。お疲れさまでした。

 16時から将棋会館2階の研修室で梅田望夫さんの講演があった。私も作業の合間、少しだけ見学させていただきました。ネットと将棋の関係について、いろいろと思うところがあった。

 東京のモニターテレビに映っていたのは王位リーグ白組1回戦の森内名人-藤原六段戦。ふと見ると、藤原六段が優勢である。しかし最終盤、どちらが勝ちかもうわからない。検討陣が固唾を呑んで見守る中、勝ったのは藤原六段だった。藤原六段が四段昇段時に記した、森内-藤原の若駒戦決勝のことを思い出した。藤原六段は王位戦予選決勝で山崎六段の連勝を15で止め、森内名人の連勝は9で止めた。

 夜は大阪の模様を時折チェックしながらの更新作業。▲石川-△山崎戦、途中は石川六段が圧倒的に優勢に見えた。片上四段に見解を聞くと「なんだ、まだ馬を作られただけじゃないですか」。国の借金、まだ900兆円じゃないですか、という感じの口ぶりだった。その後の△6一角~△8三角は素人では思い浮かばない。山崎六段が地力を見せて一気に優位に立ち、B級2組昇級を決めた。

 ▲渡辺-△長沼戦は、竜王が大阪に遠征しての対局。順位戦では席次に関係なく、またハードスケジュールなどの事情も関係なく、アウェーへ移動を課せられることがある。長沼七段は一昨年のラス前、8連勝中の屋敷八段(当時)を止めた印象が強い。そのとき私も大阪に遠征して中継していた。渡辺、長沼、両者ともに穴熊に組み替えた後は、堅さに優る渡辺竜王が手堅く勝った。自力で迎える最終戦、相手は窪田五段である。

 東京で最後まで残っていた▲中座(3-5)-△真田(3-5)戦が終わったのは午前1時32分。3時頃に将棋会館を後にした。コンビニで缶ビールを買おうという誘惑に打ち勝った後、外苑西通りの「トゥ・ザ・ハーブス」の前を通ると誰かが機嫌よさそうに、ガラス越しに手を振っている。千葉五段と松尾五段だった。ああ、今日も酒を飲んでいいということだなと解釈して便乗させてもらい、5時までワインを飲んだ。前回9回戦、松尾五段は山崎六段と対戦して止めることができなかった。「山崎さんはNHKで負けて徹夜だったらしいですね」と言うと「え、そうなんですか。知りませんでした」。一瞬悔しそうな表情を見せた後、「天才だから何でもありなんですね」と言って、小さく笑っていた。

2006年2月 6日

冬眠カード

 昔ある棋戦のネット中継を担当したときのこと。私も数々の無理目な仕事をこなしてきたけれど、このときばかりはどう考えても1人では無理だった。よってできません、と言えば中継自体もないだろう。なので知人2人に無理を言って手伝ってもらい、日当の1万5千円を3人で分けることにした。

 今日は何もする気が起きず、真の意味で何もしなかった一日。何もしないまま、もう寝ます。

 写真は先日の大雪。朝起きたらまた、雪が積もっていそうだ。

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VSボナンザ

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(飲み会のエキシビションでボナンザと対戦する細川君と、それを見守る伊藤記者)

2006年2月 5日

優雅な土曜日

 昨日は土曜日。朝起きて「囲碁・将棋ジャーナル」の始まる頃に将棋会館に行く。ゲストは渡辺竜王で、年末の棋王戦挑戦者決定戦▲郷田九段-△森内名人戦が解説されていた。私もネット中継担当として現場で見ていた。名人の受けの正確さが光った一局と思う。

 午後は来週のC級1組10回戦の準備をしながら、再来週に王将戦第4局がおこなわれる周防大島をあれこれを調べてみる。山口の西の果てで生まれた私は県内に未踏の地が多く、大島もそのひとつである。どうやっていけばいいのか、ピンと来ない。山村さんに東京からの交通手段を3通り教わったものの、日程も含めていまだに思案中である。

 愛媛でおこなわれていた棋王戦第1局は塾生の山下祥2級とともに、控え室でネット観戦。優雅な土曜日である。途中は挑戦者の森内名人が必勝に思われたのだが、そこからの羽生棋王の粘りが感動的。最後は逆転かと歓声が上がったが、勝ったのは名人だった。棋王の連勝は18でストップ。

 夜、牧野さんが先日の中継で使ったパソコンを回収しにやってきた。いつものようにネット中継のあれこれについて話す。順位戦中継はA級8回戦の1日で、会員数が激増したそうだ。いよいよ当初目標の3000名まであとわずか。これもひとえに皆さまのおかげです。3年間、1日も休まずに続けてきた甲斐もあったか。次の目標は動画の配信開始ですかね。とりあえず牧野さんから借りたカメラで撮影の真似事を始めることにした。

 この日は竜王戦6組2回戦の藤倉四段-早咲アマ戦がおこなわれていた。週将の伊藤記者とアマ応援団の何名かでモニターテレビを観戦。藤倉四段の石田流に対して、早咲さんは居飛車穴熊。藤倉流の格調高い指し回しが最後まで続き、早咲さんの完封負けとなった。今日いとたか記者に聞いたところ、早咲、武田、徳井、伊藤の4人で高田馬場に移動し、朝6時まで次の戦いとなったようだ。

2006年2月 3日

三段リーグ13・14回戦

 先週おこなわれた第3回北海道関東社団戦親睦対抗戦の第2戦、和田竜王(北海道)-嘉野満(関東)戦の観戦記を書く。総手数236手の大熱戦でした。近代将棋の相崎記者に送信した後、戸辺、佐藤天、及川の各三段とジェイ・クックで食事。3人とも今日の三段リーグで負けてしまったそうで、見るからに元気がない。中でも戸辺君は4敗決戦の中村太地三段戦を落としてうなだれている。将棋倶楽部24で3000点を超える実力があっても勝てないのが三段リーグというところらしい。戸辺君の食欲がなかったせいか、いつもより安い勘定だった。

 ジェイ・クックが閉まる22時前、焼き鳥屋からやって来た行方、松尾の両氏と合流。今日は平均年齢が低いので、次は近所のイタ飯屋でどうですかと提案したら行方さんに「味がないから」と却下され、いかにも行方好みのカウンターだけの狭い店に移動した。マスターは囲碁が好きで、将棋界のことも知っている。この三人は将来有望な三段ですよ、と言うと、マスターは今年成人式を迎えたばかりという娘さんの写真を持ってきた。だったらうちの娘を紹介するよ、というわけだ。これが石内奈々絵さん似の美人でびっくりした。店を出るとお茶しか飲んでいない戸辺君が道端に座り込んでしまい、したたかに酔った松尾さんがその横に並ぶ。今年一番ではないかと思われるほどの、寒い夜だった。

2006年2月 2日

A級8回戦翌日

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 昼過ぎに起きてもう一度寝る。再び起きると、もう日が暮れていた。写真は脈絡なく冬の夕暮、雨の言問橋です。

 将棋会館に行くと、棋王戦予選の窪田五段-瀬川四段戦は中盤の終わりあたりだった。評判は窪田五段優勢。そのうち検討陣の見解は瀬川よしに変わり、最後は瀬川四段が勝った。

 20時過ぎ、記者室で「奇跡体験!アンビリバボー」を見る。後半はずっと石橋さんの生い立ちの再現映像。幼い日、病気のため10キロの体重が6.5キロになってしまったという話のとき、石橋さんは「いまもこれくらい簡単に痩せるといいんだけどねぇ」。笑っていいのかどうか困りました。

 ジェイ・クックに寄った後、家に帰って戸辺君にもらった餅を何枚も焼いてビールを飲んだ。書こうと思っていた原稿は、結局1字も進まなかった。

A級8回戦

 昨日はA級8回戦。当日の模様は名人戦棋譜速報をご覧ください。全局が終了した後、午前3時頃に撤収。控え室ではなぜか戸辺君と北尾さんが腕相撲をしていた。

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 結果は水入りで引き分け。ちなみに女流棋界最強は斎田女流四段で、北尾さんより少し強い島井さんが挑戦したら瞬殺されたそうだ。

 将棋会館を出た後、牧野さん、桜木記者、烏記者と裏原宿の「小樽食堂」に行き、打ち上げ。5時半まで飲んだ。