12月21日(水)
「将棋センター試験」の解答などを作成。すみだ郷土文化資料館の展示を見るまで、相川治三吉の名は「じそきち」ではなく「じさきち」だと思っていた。
夜、囲碁・将棋チャンネル「速報!順位戦」の皆さんの忘年会にネット中継スタッフ一同で合流させていただく。森内名人も来られていて、盛り上がった。
12月22日(木)
夕刻、将棋会館に行く。たまたま居合わせた古作さんに問題を解いてもらう。詰将棋を出題する側の楽しさが少しわかった気がした。モニターテレビに映る棋聖戦最終予選の渡辺竜王-杉本七段戦は早い時間に竜王快勝。しばらくすると竜王が控え室に現れ、「あれ、今日は何ですか?」。いや、先生の将棋を見に来たのですが。新人王戦1回戦の片上四段-遠山四段戦も千日手となったのに、こちらも早い時間に終了。後で棋譜を見ると、遠山四段があまり前例のないであろう見落としをしていた。そのうち全身に悪寒を感じ、これは風邪をひいたなと思って家に帰る。吐き気がして朝までもだえ苦しんだ。まあしかし、中継や原稿の締切前でなくてよかった。
12月23日(金)
朝早く近所の病院に行く。「メリークリスマス、ミスターローレンス」という感じの看護士もいない簡素な個人病院だが、近所の評判はいい。休診日だが押しかけていくと「なんだ、男だったら診なかったのに」。河島英五のような声をした無頼な医師なのだ。原則として「今日は診察されていますか?」と聞かれたときには「していません」と答えることができるそうだが、「お腹が痛いので診てください」と言われた時にはよほどのことがない限り診察しなければいけないとのこと。それはいいことを教わった。診察の結果は即決で、風邪ではなく食あたり。点滴を打たれると少し楽になったので、あとはまた家でひたすら寝た。
午後になって起きだし、将棋会館にて週将アマプロ平手戦・中川大輔七段-天野高志アマ戦を見学。プロの完勝だったようだ。四日市に行った篠田さん(頭が下がります)からの電話にて、学生王座戦で東大が8年ぶりに優勝したことを知る。そんなに昔に思えないのは、自分の生活が当時とあまり変わらないからだろう。その後Guten、まえはる、ぴーたんというマニア3氏とジェイ・クックに行き、帰ってからはすぐに寝た。
12月24日(土)
引き続き体調優れず。「ベリークルシミマスでつね」という古典的なフレーズが織り込まれたメールをいただく。寝ながら一日、TOKYO-FMを聴いていた。半蔵門にあるTOKYO-FMには鹿島杯決勝の際に中に入らせてもらった。終了後のパーティーが開かれた最上階のラウンジの名は「ジェットストリーム」。そういえば初夏に瀬川さんの記者会見がおこなわれた際、ニッポン放送に行ったことがあった。
12月25日(日)
最近mixi(ミクシー)の中で将棋の話題がいろいろ飛び交っていると聞き、昔もらった招待状を探し出して入ってみる。どういうところなのか、よく知らないんですけれどね。「将棋」で検索して何人かの人のところを見に行ったのだが、足跡が残ると知ってびっくり。
12月26日(月)
NHK杯観戦のため、午後からNHK。歩けば40分ぐらいの距離なのだが、横着をしてタクシーに乗る。夜、NHKの風間さん、西田さんと竜王の4人でボウリングに行く。3ゲームでハンディをもらっても最下位だったが、楽しかった。皆さんお上手ですね。
12月27日(火)
起きると体の節々が痛い。前日のボウリングが効いたようだ。棋王戦挑決第1局の中継で連盟に行く。森内名人が郷田九段を降して、2度目の羽生棋王挑戦を決めた。打ち上げを早めに失礼して、佐藤棋聖宅の忘年会にお邪魔する。酔った伊奈五段はいつ見てもファンキーだ。
12月28日(水)
18時から「お江戸日本橋亭」でおこなわれた「将棋寄席」を見学。皆さんの芸達者ぶりに感嘆。ビシバシし亭さんの「たいがー、たいがー、ありがたいがぁー」は元ネタをまったく知らなかったが笑った。
12月29日(金)
27日に3344gの丈夫な男の子を産んだぴえじまさんの病院に行く。48時間陣痛に耐える難産だったそうで、聞いただけで気が遠くなる。途中コンビニで祝儀袋を買う。結婚式のときに忘れてみずほ銀行の封筒のまま渡したことをいまだに笑われるので、今回は気をつけたのですよ。ロビーで包む予定だったのだがエレベーターで降りてきたお母さんに偶然会い、すぐに部屋に行った。結局本人の前で包んで「じゃあこれだけ」とか言いながら渡す。お母さんはぴえ氏には化学の先生になってほしかったそうだ。古来子供は、親の思う通りにはならない。
日が暮れる前に失礼して、両国の八代伊藤宗印旧宅跡に向かう。「両国4-30-4」という住所は駅から歩いて両国将棋センター横を通り、京葉道路を渡って本所警察署の隣り。今は何があるのかと思ったら、「お江戸両国亭」だった。
夜、ジェイ・クックにて大学時代の寮の先輩であり、現在は信州大医学部3年生のM氏と夕食。何度も一緒に留年を重ねたM氏がすっかり優秀な医学生になっているのを見て苦笑した。自分も今の仕事に情熱を失ったら、昔いた場所に戻ろうとするのかも知れない。
12月30日(土)
午後、今年最後の営業となったジェイ・クックに行く。今年は何度ここに通ったかわからない。すっかりお世話になりました。
12月31日(日)
ネットサーフィンをしているうちに「大山」川崎店オープンを知り、飛んでいく。フリークの間では伝説として語り継がれているラーメン二郎町田店は数年前、惜しまれつつ閉店した。その後店主は静岡県富士宮市で大山をオープン。いつか行こうと思いながら、結局まだ果たせずにいたのだ。大山は二郎とは違った洗練されたテイストだったが、ほのかなえび風味にかつての町田店の面影を感じた。
せっかく川崎まで来たのだからと思い、京急大師線に乗って川崎大師に行く。19時頃の参道は初詣前の準備中だった。帰宅後、ラジオを紅白に合わせる。「川の流れのように」を聴いて2005年が終わった。